瓦の建築考

小さな小さな旅から①「輪島の応急仮設住宅」(上野辰太朗+篠原勲/建築家)

上野辰太朗・篠原勲

12月の頭、東京より随分寒く、雨の日が続いた時期です。2日間をかけ、私たちふたりと以前からお付き合いのあるヒトツチの久保さんとで能登半島の七尾・輪島を回りました。この文章を書いているふたりにとって、観光以外で能登半島に来るのは初めてのことです。震災によって打撃を受けた街を見て、ニュースやネットで目にするような大きく崩れた家々に心傷んだのはもちろん、もっと印象に残ったのは、屋根の部分的な落下や数枚のガラス窓の割れが補修を待って小さなブルーシートの覆いがされ、その青色の広がりが街の表情をつくっていることでした。

去年の夏ごろ久保さんに、能登半島地震の仮設住宅の屋根に瓦が載るという話を聞き、どうしても見ておきたいと思いました。仮設と瓦の印象がうまく結びつかなかったためです。一方で非常に簡素な仮設建築と素材の表情をもつ瓦屋根との組み合わせを見てみたいと直感的に感じたのだろうと思います。話が長くなりそうなので他の機会でお話ししたいですが、簡単に言えば、コスト管理の厳しい現代的なプロジェクトにおいて、全体の意匠を統合できないことは日常的です。それ故に、部分的限定的な素材が作る建築の表情というものに興味があります。七尾の屋根屋さんのお話では、震災後も新築住宅における瓦屋根の需要は大きいようで(東京に住んでいると全く想像できません)、最安クラスの外壁素材を選ぶ方でも瓦屋根を選択することが珍しくないそうです。私たちが回ったエリアでもそういった家を何軒も見ました。ここで育った方には、自分の屋根が隣人の屋根と並んだときのイメージができるのではないかと感じました。

輪島市の道下第二団地と名付けられた、瓦屋根が載る平屋の応急仮設住宅群は、地震により設備の不具合が見つかった小学校の校庭に約70戸が並べられています。校庭に列に並べられた最大7戸が連なる長屋は、最大40m幅の瓦屋根となって現れ、見慣れない風景をつくりだしています。それでも、敷地外に建つ建物と屋根材を共有することで、広い視点では街の一部として見ることができます。外壁はサイディング、バリアフリーのためのスロープは合板に薄い防水を施したもの。地面は運動場の土そのままです。(実はこのバリアフリー用アプローチは、玄関と同レベルまで持ち上げられ、運動場の土から縁の切れた床となり、他者が踏み入れてはいけない結界のような存在になっていました。運動場は水面、持ち上げられた合板の存在は回廊のようにも感じられました。

図1. 輪島市道下第2団地応急仮設住宅全体配置図

少し寂しい木目調のサイディングや必要最小限の合板製スロープなどと合わせても、その建物群はイメージしているよりもずっと穏やかな表情をしていました。リビングの外部に庇付き袖壁付の濡れ縁がついていて入居者が各々鉢植えを出したり洗濯を干したり使いこなしている印象です。きっと瓦屋根や木目調の外壁などと相まって、入居すぐに日常的な生活がイメージできたのではないかと想像しました。とっさにスマホで仮設住宅の画像検索をしましたが、きっと同じ間取りでも外観が持つイメージというのは住む人の日常生活にも影響を与えるのではと思います。

話は変わりますが、先日大規模の総合病院にお見舞いに行くことがありました。機能的かつ管理的に最適化された素晴らしく清潔な空間は、一方で冷徹なまでに無駄が排除されていて寒々しい感じも受けます。例えば、頭の中ですぐ妄想リノベをしてしまう筆者は、最小限の寝室に生き生きとした天井画が描かれていたらとか、リハビリ用に幅広く設計された廊下の床面に見舞いをしに来た子供たちのいたずら書きがあったら、また違うことを考えて日常の生活が送れるのではないかと、そういった部分的な意匠や装飾の重要さを体験したばかりでした。

翻って仮設住宅を考えてみると、この瓦屋根が建築という大きなサイズの物体に対する一輪の花のような部分的な装飾にも感じられ、とても大切なものに感じられたのです。

図2. 輪島市道下第2団地応急仮設住宅<部分>(横にスクロールできます)

シリーズ「小さな小さな旅から」は、いくつかのプロジェクトの建築設計を一緒に行っているふたりの建築家がお送りします。ふたりの人となりなどはシリーズの中で少しずつ感じていただければと考えています。気軽な紀行文のようなものとして、しばらく続けられたらと考えていますのでお付き合いお願いいたします。といっても、皆さんと同じように日々の暮らしや業務で手一杯の身です。そう頻繁に旅に出られません。 でもどうでしょう、例えば東大寺のような建築が時代を超えて魅力的であり続ける一方、私たちが設計する建築は当然日常的に使われるものでもあり、私たちは日々変化していく素材や使われ方について学ぶ必要があります。いわゆる遠出の旅行はできなくても、「小さな小さな旅」なら気軽にできそうです。最寄りの商店街の初めて入る喫茶店や少し遠回りして住宅地を歩く、なんていうのも「旅」なのかもしれません。多忙な私たちの日々の生活を少しでも豊かなものにするような気づきを共有できればいいなと思っています。

能登半島地震から一年が経ちました。皆様の安全と被災地の復興を心よりお祈り申し上げます。

寄稿者
上野辰太朗・篠原勲
上野辰太朗・篠原勲
上野辰太朗
1996年東京都生まれ。東京都市大学卒業、現在フリーランスとして建築活動を行う。
篠原勲
1977年愛知県瀬戸市生まれ。慶應義塾大学大学院修了後、SANAAを経てmiCo.共同設立。現在、建築設計事務所 篠として活動を行う。
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