挑戦者「鶴弥」の歩み(田代彩子/建築家)

これまで3回にわたって陶板に関する記事を書いてきました。直近の回では、鶴弥さんが開発した建築材料としての陶板「スーパートライWall」を紹介しています。第4回目の記事では、鶴弥さんの歴史や、主力商品についてお伝えしたいと思います。株式会社鶴弥の久保達哉さんと青山勝也さんに弊社設計事務所(ENN金沢R不動産)にお越し頂いたときに伺ったお話も織りまぜながら、その魅力を深堀りしていきます。
鶴弥さんの歴史
株式会社鶴弥は、信州にて瓦製造技術を習得した初代鶴見清冶郎さんが明治20年(1887年)に愛知県刈谷市小垣江町において個人で創業した会社です。
大正14年(1925年)には2代目となる鶴見弥四郎さんが家業を継承し、昭和43年(1968年)には刈谷市に瓦工場が設立、昭和58年(1983年)に株式会社鶴弥に社名変更されました。縁起の良い「鶴」に、広く行き渡るという意味を持つ「弥」。鶴見弥四郎さんの名前にちなんだ社名のもと、会社はどんどん大きくなっていきます。
防災瓦の始まり
3代目の鶴見榮さんが就任されてからは、平成6年(1994年)に株式を上場されました。
鶴見榮さんは決断が早く、リーダー気質。従業員を大切にする方で、会社と現場をよく見て回る現場主義だったそうです。
榮社長時代の1990年代は台風や地震(阪神淡路大震災)など大きな災害が起きました。そのような状況で鶴弥さんはすぐさま防災を重視した防災瓦を次々と開発し始めます。
・1996年 J形防災エース発売開始
・1999年 スーパートライ110タイプⅠ発売開始
・2000年スーパートライ110タイプⅡ発売開始
・2002年スーパートライ110サンレイ発売開始
・2004年スーパートライ110タイプⅢ発売開始
「スーパートライ」の由縁
「スーパートライ」シリーズの防災瓦は、従来の土葺工法のように重い土を使わず、軽量化によって建物の構造への負担を軽減します。また、瓦を釘でしっかり固定し、ズレ脱落を防止します。瓦同士を固定する技術はスーパーロック工法といって、下の瓦のハイパーアームが上の瓦のアンダーロックをがっちりと押さえ込むというものです。このアームをつけた瓦がスーパートライシリーズの始まりです。
鶴弥さんの商品にはスーパートライという名がつく商品が数多くありますが、どうしてそのように名付けたのでしょうか。
「防災瓦の開発を始めたのは鶴弥が業界初であるという挑戦者の意味、また瓦にアームを成形するという技術的な挑戦の意味が込められています。防災瓦を機に鶴弥の会社規模は大きくなっていきました。『Tsuruya』の子音を取った『Try』など、いろんな意味と願いを込めてスーパートライと名付けてあります」(久保達哉さん)。
「スーパートライシリーズでは、フラットなデザインの瓦づくりにも挑戦しています。和瓦にこだわりを持っていた先代は、始めはフラットな瓦に難色を示していました。しかし会社として挑戦するからには、他社にはない、今までになかったものをつくりたいと言っていました。そこからスタイリッシュかつ防災に強いスーパートライシリーズの瓦づくりが始まり、市場に広まっていきました」(青山勝也さん)。
また、先述したアームについても、その仕組みや魅力についてうかがいました。
「当初はアームの代わりに金物を取り付けていましたが、コストと手間が大きくなってしまいました。それだったら土を成形してアームを瓦と一体でつくってしまおうということになりました。一度目のプレス(成形)で瓦の形をつくり、二度目のプレス(成形)でアームの突起が出てきます。雪止め瓦をつくる要領と同じです」(久保達哉さん)。
確かにアームを瓦と別につくり、後付けしてしまうと、接着部分が弱く取れてしまいそうです。瓦とアームを一体で成形してあるのであれば、取れてしまう可能性は低くなりそうです。
形には理由がある
今ではよく見かけるフラットなデザインの平板瓦。瓦をフラットに焼くことにも苦労があったのだといいます。
「土は成形した段階ですでにR形状を成しています。そこから窯で高温で熱せられればなお、ねじれが生じていきます。そのねじれによって瓦は波打つ形をしていますし、昔の技術では波打つ形でしかつくれなかったのです」(青山勝也さん)。
瓦がなぜ波打つ形をしているのか、それは素材が土であるから。10年以上建築に携わりながら、そのことを知らなかった自分を恥じます。形には理由がある。
「ねじれが生じやすい土をフラットに焼き上げるには、土の乾燥が重要です。乾燥前20%ほどの含水率が、乾燥室に24時間入れることでほぼ水分がなくなります。そこから100メートルもあるトンネル窯で台車に乗せて8〜10時間ゆっくりじっくり焼成していくと、ねじれが生じにくくフラットに焼き上げられるのです。鶴弥の窯に合わせて粘土業者さんに土を調合してもらっていることも要となっています」(青山勝也さん)。
窯と粘土の相性も影響があることは驚きです。それこそ熟年の土職人さんの経験が成せる技なのでしょう。
瓦からの派生、発展
4代目の鶴見哲さんが2008年に就任されてからは、エコを重視した商品や瓦を発展させた商品開発が進みます。
・2009年 スーパートライ110「クールベーシック」発売開始
・2011年 瓦リサイクル商品「セラクラッシュ」発売開始
・2013年 スーパートライ110スマート発売開始
・2015年 陶板壁材事業開始 スーパートライWallシリーズ発売開始

陶板「スーパートライWall」については前回の記事で詳しく紹介しています。ここでは、陶板サンプルを見ながら、鶴弥の久保達哉さん、青山勝也さんと弊社の建築家小津誠一と、スーパートライWallの魅力や使い方についてお話した内容を一部紹介します。
「オレンジ色の陶板がテラコッタタイルのような風合いに見えて、色合いや表情が素敵だ。
焼き物特有の表情を活かし、一枚あたりのサイズが小さくなればなるほど表情が豊かになりそう。
下見板張りのサイズで制作できるのか。また陶板はざらっとマットな質感の物が多いが、石川能登半島に多い艶のある黒瓦のような仕上げにできると面白そうだ」(ENN/金沢R不動産 小津誠一)。
特注であれば、サイズの変更も、艶ありの仕上げにも対応できるそうです。
最近はサウナの壁や薪ストーブ、キッチンの壁にもよく採用されているそうです。弊社設計案件でも陶板活用できる日が待ち遠しいです。
私自身、1年ほど前に鶴弥さんの本社がある半田市を訪れたことがあります。半田市は古くから海運業や醸造業などで栄え、商業や製造業を中心に発展してきたとのこと。半田運河沿いの黒板囲いの醸造蔵がとても素敵でした。
鶴弥さんが半田に本社を構えているのも、優良な粘土の産地であることに加え、海の便があったこと、自動車メーカーの輸送便で全国各地に出荷できたからだそうです。
また、瀬戸や多治見といった古くからの焼き物の生産地として窯業が盛んで、瓦の製造に必要な原材料や設備業者に困ることもなかったそうです。
鶴弥さんのお話を聞いていると、瓦や陶板がどんな風に製造されていくのか、自分の目で見て確かめてみたくなります。前述した100メートルものトンネル窯もどんな様相を成しているのか、とても気になります。モノづくりの背景を知ると、よりその素材を深く知ることにつながり、設計に深みを与えてくれるのではないでしょうか。深みのある設計をなせる設計者になるべく、素材の研究はまだまだ続きそうです。