石と土と緑と小豆島(御手洗 龍/建築家)
小豆島で今仕事をしている。
香川の高松港からフェリーに乗って一時間ほどの距離にある小豆島は、瀬戸内海で二番目に大きな島である。約2000万年前に瀬戸内海地域の地殻変動と火山活動の活発化によってこの島は生まれたと言われており、海底火山から流れてきたマグマがゆっくりと冷え固まることでできた花崗岩が隆起し、島の形はできあがっている。
小豆島の花崗岩は荒目石で強度が高く耐久性に優れており、石切り場から切り出された巨大な岩はかつて大阪城築城の石垣にも使われていたそうだ。そんな石の島である小豆島はまさに石の色で風景ができているように感じる。花崗岩の色は白や黒、赤いものなど様々だが、中でも茶褐色の石が印象的で、海際の岩肌などにも表れ、とても小豆島らしい色のように見える。そして石は徐々に風化して砂や粘土となり、その上に生きていた植物や動物の死骸が分解されて混ざり合うことでゆっくりと土ができていく。1cmの土が作られるのに凡そ200年ほどかかるそうだ。茶褐色の花崗岩からできた土もまた同じ色をしており、こうして島の色が受け継がれ広がっていくのである。
そんな長い時を経て作られてきた島の色に思いを馳せながら、フェリーの甲板で波しぶきの混じった風を感じていると、徐々に花崗岩の上に緑を纏った小豆島が姿を現してくる。ゆっくりと到着し、フェリーから大地に降り立った瞬間、足の下のその土がそのまま地続きに島全体へと繋がっていく、そんな感覚がいつもある。石が有機物と混ざり合うことで土が生まれ、そこにまた植物が根を張り、芽を出し、動物が集まってくる。足の下から地続きに島は生きているのである。
そして小豆島にもう一つ好きな風景がある。瀬戸内の特殊な気候と地形を活かして、古くから受け継がれてきた産業が島にはいくつもあるが、その中でも醤油蔵はとても興味深い。日本の四大産地の一つとして400年の歴史を持つ小豆島の醤油づくりは、昔ながらの製法にこだわり、木桶を用いてじっくり時間を掛け、天然醸造が行われている。ステンレス製のタンクではなく、杉の大桶を使うことで、そこに麹菌や酵母菌、乳酸菌といった100種類以上の微生物が棲み着き、味わいやうま味が引き出されていく。醤油が作られるために必要となるそれらの菌は真っ黒で、ビロードのように大桶全体にびっしりと張り付き生きづいている。
そして醤油蔵の中で400年間生き続けてきたそれらが決して死滅することのないように、外気を取れ入れながら温湿度が管理されている。蔵がまるで呼吸しているかのようなのである。さらにここで驚いたのは、大桶の表面が菌で黒くなるのは勿論のこと、蔵の中全体も黒くなり、次第に菌は外へも広がって外壁も黒くなっていく。すると建物の前に立つカーブミラーまで黒くなり、さらには軒裏を伝って向かいの家まで黒くなっている。この醤油蔵や家々の切妻屋根の上に載る黒い瓦はもともと黒かったのか、それとも漆黒の菌によって黒くなったのかわからないが、いずれにしてもこの黒々とした風景の迫力に唯々圧倒されるのである。まるでこの集落全体が一つの大きな生き物のように見えてくる。ここもまた自分にとって小豆島自体が生きていることを感じられる場所である。
さて、冒頭に仕事で小豆島に来ていると書いたが、この生きた島で何をしているかというと、海際に広がるオリーブ畑の中に「小さなオリーブ研究所」を設計している。井上誠耕園という小豆島で最も大きなオリーブ農園があり、三代に渡ってこの島で農家を営んできた。島の地形や地質、温暖な気候を活かしてオリーブや柑橘類を栽培し、十万平米という広大な農園から一つ一つ人の手でオリーブを摘んで採っている。オリーブは塩漬けにするだけでなく、オイルやジャム、コンフィ、手作りせっけんなどへの加工も行っており、それらを試作研究するための工房を作っているのである。
建物は勾配を持ったとても大きな木屋根の下に、小さな二つの工房と小さな二つの小上がりが交互に並ぶ計画だ。小豆島のように生きた状態をつくり出すには開いた建築が必要であり、たっぷりと取られたこの半屋外空間が内外一体となって使われ、農園と工房、育てる人と作る人と訪れる人が緩やかに交じり合っていけばと考えた。さらに小豆島の石が積まれてできた外壁や什器、花崗岩の真砂土を混ぜた土モルタルを使い、大きな屋根の上には銀色の瓦を乗せてシルバーグリーンのオリーブの葉と同じように鈍く光る景色をつくっていく。こうして小豆島の色や風景と地続きになる建築をめざしている。
大地を覆い、大地と呼応するように広がる大きな屋根を持ったこの「小さなオリーブ研究所」は大きな東屋のような建物となっていく。土地と絡み合い、そこに生きづく動植物と交じり合い、島の風景がつくり出されていく。こうしてそこに息づく人間そのものが建築となり、それによって小豆島らしい未来の風景がつくられていくことを期待している。