焼き物を科学する⑦:進化し続ける焼き物、ファインセラミックス
1.焼き物は現代も進化し続けている
陶器は、私たちの日常生活において馴染み深い存在です。古代の土器に始まり、美しい釉薬を施された陶磁器へと発展し、食器や装飾品、さらには建築材として人々の生活を豊かにしてきました。しかし、21世紀を迎えた現在、陶器という言葉が指し示す範囲は、従来の焼き物の枠を大きく超えています。
焼き物の工程を簡単にまとめると、粘土を練って成形し、焼き締めて焼成する、という流れになります。陶芸体験で粘土を練ったことがある方もいるかもしれません。しかし、現代では粘土を使わない焼き物も存在します。その代表格が「ファインセラミックス」です。
耳慣れない言葉かもしれませんが、「セラミックス」なら聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。たとえば、稲盛和夫氏が創業した京セラ株式会社は、京セラドーム大阪や京都市京セラ美術館を通じて多くの人に知られています。同社の旧名は京都セラミックス株式会社であり、その名のとおりセラミックス技術を基盤にしています。戦後の日本の近代発展を支えた技術のひとつ、それがセラミックスなのです。
今月より2回にわたり、進化し続ける焼き物としてのファインセラミックスについてご紹介します。
2.セラミックスとは
セラミックスという言葉は、非常に広い意味を持っています。一見すると新しい技術用語のように感じられるかもしれませんが、実は古典的な焼き物もすべてセラミックスの一部です。「Ceramics(セラミックス)」はギリシャ語の「Keramos(ケラモス)」に由来し、これは「粘土を焼き固めたもの」を意味します。この語源からも、セラミックスが長い歴史を持つことがうかがえます。
セラミックスは、無機材料のうち、金属材料以外のもの全般を指す総称です。「無機材料」という言葉は少し化学的で難しい印象を与えるかもしれませんが、簡単に言えば「焼いても炭にならず形を保つもの」というものです。そのため、陶磁器、ガラス、耐火物などがセラミックスに含まれます。
この定義から考えると、セラミックスの歴史は数万年前までさかのぼることができます。これまでの連載で紹介してきたように、縄文時代の土器や中国で発展した磁器など、セラミックスは人類の歴史とともに進化してきました。青森県の大平山元遺跡から出土した土器は、約16,500年前のものであり、セラミックスが私たちの生活や文化に深く根付いていることが実感できます。
3.セラミックスの歴史
セラミックスの長い歴史を技術史体系として整理すると、大きく3つの時代に区分することができます。
第1期は、19世紀前半までの伝統的な陶器・磁器・ガラス産業の時代です。この時代には、主に手作業による生産が行われ、焼き物やガラスは生活必需品として広く用いられました。この時期の技術は主に経験と職人の技に依存しており、科学的な裏付けや統一的な手法はほとんど存在していませんでした。
第2期は、19世紀半ば以降の近代窯業の時代です。特に日本においては、明治期にお雇い外国人として来日したゴットフリード・ワグネル(Gottfried Wagener)氏が重要な役割を果たしました。彼は東京職工学校(現・東京工業大学)で、陶磁器やガラスの製造に科学的手法を導入し、焼成温度や材料の組成をコントロールする技術を伝授しました。それまで職人技に依存していた陶磁器やガラス産業を科学技術として体系化する基盤を築いたのです。ワグネルの教えを受けた多くの技術者により、日本国内では陶磁器・ガラス・セメント・耐火物などの近代セラミックス産業が根付いていきました。
4.近代セラミックス産業の発展
第3期の前半は、第二次世界大戦後に米国での研究から始まった「ニューセラミックス」の時代です。この時代には、電子・磁気・光学材料、非酸化物系材料、高純度材料など、原料と製造工程の厳密な制御を要する新たなセラミックスが登場しました。ニューセラミックスは、耐久性にとどまらない、さまざまな機能を備えた材料として近代産業の発展を支える重要な存在となりました。
(引用:伊藤集愑、窯業協會誌、1957年)
最初に登場したのは、ラジオやテレビの真空管用セラミックスでした。セラミックスは絶縁体として優れているだけでなく、高い周波数で使用しても出力を維持できる特性を持っています。この開発を契機に、セラミックスと金属を接合する技術が発展し、異種材料の組み合わせが可能になりました。
その後、ニューセラミックスが最も広く活用されたのは、トランジスタやIC(集積回路)のパッケージ材料です。これらの電子部品は光や湿度など環境要因の影響を受けやすく、従来のガラスや樹脂では十分な電気絶縁性や安定性が確保できませんでした。セラミックパッケージは、焼成時の収縮寸法のばらつきを精密に制御する技術によって実現し、これにより耐候性、物理的強度、放熱性が向上しました。この技術革新は、トランジスタやICの信頼性を大幅に向上させ、エレクトロニクス時代を切り開く原動力となったのです。
エレクトロニクス時代におけるもうひとつの重要な製品が「セラミック・コンデンサ」です。セラミック・コンデンサは、原料と製造工程を厳密にコントロールすることで、誘電性や磁性などの特性を細かく調整できるようになりました。この特性を生かし、高周波特性に優れるセラミックスを材料とすることで、電源一次側のノイズカットが可能となったのです。
セラミック・コンデンサは、その優れた性能によってエレクトロニクス分野で広く活用され、特にノイズフィルタや電源回路の安定性向上に欠かせない部品となりました。これにより、電子機器の性能が大きく向上し、信頼性の高い製品が市場に普及する基盤を築いたのです。
このように、1940~60年代のセラミックス産業は、伝統的な窯業に代表される「オールドセラミックス」から、電子・磁気・光学材料、非酸化物系材料、高純度材料といった幅広い分野で活用される現代的なニューセラミックスへと大きく転換しました。セラミックスは、もはや単なる素材ではなく、エレクトロニクス時代を支える高度な部材として、その価値を新たに確立したと言えるでしょう。
5.更に高度なファインセラミックスへの変化
1970年代から始まる第3期後半は、ニューセラミックスから「ファインセラミックス」へのシフトが特徴です。ファインセラミックスが開発されてからまだ約50年しか経っておらず、数千年にわたる焼き物の歴史の中では、まさに始まったばかりの新しい技術と言えるでしょう。
この時期、日米欧各国で新産業に関わる国家プロジェクトが次々と始動しました。その先駆けとなったのは、1971年に米国でスタートした自動車向けセラミックスガスタービンエンジン開発プロジェクトです。なお、米国ではファインセラミックスという呼称は用いられず、「Advanced Ceramics(高度セラミックス)」と称されています。
このプロジェクトでは、従来のセラミックスを超える耐熱性・耐腐食性を備えたファインセラミックスの開発を目指し、産学官が一体となって取り組みました。この構想は日本にも大きな影響を与え、米国から約10年遅れるかたちで1981年にファインセラミックスプロジェクトが始動します。このプロジェクトは1992年まで続き、国を挙げて新技術の開発に全力を注ぐ一大国家事業となりました。それほどまでにファインセラミックスは、新規性と将来性を兼ね備えた技術として期待されていたのです。
6.現在のファインセラミックス
ファインセラミックスとは、高度な技術によって精密に製造された非金属系の無機材料を指します。「ファイン」とは「精密」を意味し、高純度の原料を使用しながら、化学的および物理的特性を精密に制御することで、特定の機能を発揮するよう設計されています。これにより、耐熱性、耐摩耗性、絶縁性、高い機械的強度など、従来のセラミックスを凌駕する優れた特性を持ち、エレクトロニクス、医療、宇宙産業、エネルギー分野といった最先端の産業分野で幅広く活用されています。
ファインセラミックスは、伝統的な焼き物の一種に分類されますが、その製造方法には大きな違いがあります。一般的な陶磁器が粘土を主原料とするのに対し、ファインセラミックスでは高度に精製された無機原料や、化学的に合成された粉末を使用します。これらの粉末を精密に調整された化学組成で混合し、徹底的に制御された製造プロセスを経て作り上げる点が特徴です。このプロセスには、焼成温度や圧力条件の細かな管理が不可欠であり、それによって均一性と精密性の高い材料が生み出されます。
歴史的な技術として長い間受け継がれてきた焼き物が、現代の最先端技術へと進化し、スマートフォンや電子機器、さらには医療分野でも広く活用されていることは驚きです。これまであまり意識することのなかった焼き物が、私たちの生活を支えるさまざまな製品に欠かせない要素となっていることに改めて気付かされます。次回は、その具体的な特徴や用途について詳しく掘り下げ、どのように私たちの生活に影響を与えているのかをご紹介します。
<参考>
木場篤彦、ファインセラミックス産業の成立に関する日本の技術
政策の歴史的役割、年次学術大会講演、2008年
杉田清、歴史のなかのファインセラミックス、まてりあ、1996年
伊藤集愑、真空管外殻用セラミック、窯業協會誌、1957年