瓦の基礎知識

焼き物を科学する⑳物理が生み出す焼き物の美しい歪み(市川しょうこ/化学者)

焼き物を科学する⑳物理が生み出す焼き物の美しい歪み
市川しょうこ

1.歪みは、失敗?

歪んでいる、という言葉には、どこか否定的な響きがあります。  

工業製品の世界では、歪みは精度不足や品質不良として扱われることが一般的です。特に高い精密性が求められる分野では、寸法のズレや形状の不均一は、性能や信頼性に直結します。

たとえば、ファインセラミックスのような工業用セラミックスでは、ミクロン単位での寸法管理が行われ、形状の再現性や均質性が重要な評価指標となります。瓦やレンガのような建材であっても、基本的には形状を揃えることが重視されます。  

工業製品においては、「どれも同じ形であること」そのものが価値になるのです。

しかし、日常生活で使う器などでは事情が異なります。  

わずかな歪みや左右非対称な形は、失敗ではなく、むしろ魅力として受け取られることが少なくありません。

なぜ日常生活で使う焼き物では、歪みが受け入れられているのでしょうか。  

その理由は、美意識や感覚だけではなく、物理的な現象も関係しています。

2.自然界は完璧を目指さない

自然界に目を向けると、完全な左右対称の形は意外と少ないことに気づきます。人の顔、植物の葉脈、岩の割れ方など、多くは不均一です。  

たとえば川の流れで削られた石も、左右対称ではありません。ですが、丸くころんとした姿はどことなく可愛く見えて、不思議と安定した形をしています。

一方で、自然ができるだけ完全な形を取ろうとする例も存在します。たとえば水滴は、表面張力によって可能な限り球形に近づこうとします。球は、同じ体積を持つ形の中で表面積が最も小さくなり、エネルギー的に安定する形だからです。

左右非対称な形と、限りなく対称に近い形。この両方が自然界に存在しているのは、自然が「完璧な形」を目指しているのではなく、「安定する形」を選んでいるからだと考えられます。

物理の考え方では、ものごとは自由エネルギーの低い状態へと移行する性質を持ちます。高い山から低い谷へ転がり落ちるように、できるだけ無理のない状態へ向かう、というイメージです。その谷は一つとは限らず、いくつもの落ち着きどころが存在します。自然は、そのときどきの条件に合った場所を選んで安定するのです。

3.焼き物の歪みはどこから生まれるのか

焼き物の歪みは、成形や焼成の結果として現れますが、その出発点はもっと手前にあります。それが素材である土です。

陶土は、もともと均一な材料ではありません。粘土鉱物の種類や粒の大きさ、含まれる不純物、産地による組成の違いなど、素材の段階ですでにばらつきを含んでいます。どれほど精製された粘土であっても、完全に均一な状態にすることはできません。

この不均一性は、乾燥や焼成の過程で表に現れます。具体的には、水分の保持量や収縮率の差となり、内部にかかる力の偏りを生み出します。  

つまり、焼き物の歪みは「途中で偶然起きたトラブル」ではなく、「素材がもともと持っている揺らぎが、形として現れたもの」だと言えます。

ファインセラミックスのように高度に制御された焼き物を除けば、焼き物の素材は最初から完全な対称性を前提としていないのです。

4.焼き物に起きるエネルギー最小化

焼き物の製作工程を、物理の視点から見てみます。

ろくろ成形では、粘土の密度や水分量を完全に均一にすることはできません。見た目には分からなくても、内部には微細な不均一が残ります。

乾燥の段階では、器の厚みや空気の流れによって、水分の抜け方に差が生まれます。この差が、内部に力をため込む原因になります。

さらに焼成では、窯の中の温度分布、熱の伝わり方、粒子同士の結びつき、重力の影響など、さまざまな要因が同時に作用します。

こうした条件の中で、焼き物は内部にたまった力をできるだけ逃がし、エネルギーを下げようとします。その結果として、わずかな歪みが生じることがあります。

完全な左右対称を保つよりも、歪むことで力を分散させたほうが、全体として安定する場合があるのです。  

焼き物の歪みは、失敗ではなく、エネルギーを下げた結果として選ばれた形だと捉えることができます。

5.制御と許容のあいだ

工業製品の世界では、歪みは取り除くべきものとして扱われてきました。加工精度を高め、誤差を減らし、再現性を上げる…その方向で技術は進化してきました。

一方、焼き物では、歪みを完全に消そうとはしません。  

それは制御ができないからではなく、「すべてを制御しない」という選択をしているからです。

歪みを限りなくゼロに近づけることは可能です。しかし、そのためには多くのエネルギーやコストが必要になります。また、完全に制御された形は、力を逃がす余地を失い、かえって脆くなることもあります。

焼き物は、歪みを含めた状態で全体として安定する、という別の設計思想を採っています。制御と許容のあいだに余白を残すことで、無理のない構造を保っているのです。

6.なぜ歪んだ器は「手に馴染む」のか

歪んだ器を手に取ったとき、なぜか持ちやすいと感じることがあります。

人の手は、左右で形も大きさも完全には一致していません。利き手と反対の手では握力が異なり、指の長さや関節の動きにも個人差があります。

完全に対称な器は、どこを持っても同じ感触を与えますが、その一方で、手が自然に収まる場所を見つけにくいこともあります。

わずかに歪んだ器では、指が引っかかる場所や、力を預けられる面が生まれます。その結果、接触点が増え、持ったときの安定感につながります。

人間側も均一ではないからこそ、不均一な形の器と無理なく噛み合う。その感覚が、「手に馴染む」という印象を生んでいるのでしょう。

7.整いすぎないことが生む心地よさ

工業製品は、高い完成度と再現性を持っています。寸法は揃い、性能は安定し、個体差も最小限に抑えられています。この完璧さも、ひとつの美しさです。

一方、焼き物には異なる美しさが見られます。  

焼き物には、あらかじめ幅を持った完成があります。形や寸法に多少のゆらぎがあることで、使い手の動作や姿勢の違いを受け入れる余地が生まれます。

科学的に見れば、これは許容幅、いわば「余裕のある設計」だと言えます。条件が多少変わっても破綻しない構造は、使う人に安心感を与えます。

整いすぎていないからこそ、人の気分や身体の変化を拒まず、日常の中に自然に溶け込んでいくのです。

8.焼き物は最も無理のない形でそこに在る

焼き物の歪みは、欠陥ではありません。  

無理をせず、素材や環境の条件を受け入れた結果として生まれた形です。

焼き物は、不均一性や揺らぎを抱えたまま、その中で最も落ち着く形を選びます。

私たちが、完璧ではないものに惹かれるのも、同じ理由かもしれません。少し歪み、少し揺らぎながら、その都度バランスを取り直して生きている。その姿に、どこか生物らしさを感じ、重ねているのかもしれません。

焼き物の美しさは、完成された均一さではなく、無理のない在り方にあります。だからこそ、生活の中に入り込み、時間を重ねるほどに静かに馴染んでいくのだと感じます。

寄稿者
市川しょうこ
市川しょうこ
化学者
1992年愛知県出身。神戸大学工学研究科応用化学専攻修士。化学メーカーの化粧品・医療品の研究開発を経て、現在はヘルスケア系スタートアップ企業の取締役として分子認識化学を研究している。フィンランドの教科書を活用した認定NPO法人主催イベントでの小学生向けかがく実験教室や、文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業の支援を受けた科学×アートを融合したインスタレーション展示などを行い、人の創造性を探求するために活動している。
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