山・ヒト・海をつなぐメディア ── 淡路瓦が築く海底50メートルの「魚のまち」(北野可奈/慶應義塾大学 細谷浩美研究室)
「瀬戸内海東部、本州と四国の間に位置する淡路島は、『古事記』において日本列島で最初に生まれた“国生みの島”として語り継がれてきた歴史がある。海と山が近接する地形に恵まれ、古くから水産業や農業、そして観光業が地域の骨格を成してきたこの島には、400年以上にわたって人々の暮らしを屋根の上から守り続けてきた「淡路瓦」の存在がある。
そして今、この伝統的な建材は、建築という枠組みを超え、水深50メートルの海底に新たな「魚のまち」を築き始めている。
まず、数千種類にもおよぶ淡路瓦の代表格「いぶし瓦」について。島南西部に分布する「五色浜累層の風化粘土」という固有の素材を焼き上げ、「いぶし」を施すことで、特有の銀色の光沢を持ついぶし瓦が製造される。表面に形成される微細な炭素膜は、時間の経過とともに色ムラや風合いを生み、その美しさを引き立たせる。同時に、湿度の調節や光の反射を和らげるといった機能的な特性も瓦に与えている。こうしたいぶし瓦は、古くから寺社仏閣や城郭、住宅などの屋根材として用いられ、日本の伝統的な建築景観を形づくってきた一方で、昨今ではこの瓦産業を取り巻く環境が厳しくなってきているという現実がある。震災後の「瓦離れ」や安価な建材の普及により需要が減少し、全国的に厳しい状況に置かれているのだ。
そんな中、淡路島では瓦に屋根材以外の新たな役割を与える試みがなされている。それは、「瓦魚礁(かわらぎょしょう)」である。魚礁とは、魚が身を隠したり、えさを得たりするために集まる海中の岩や人工物のことである。2023年3月に水産資源の増加を目標とした県の取り組みの一つとして、地元の魚礁メーカー「日本リーフ株式会社」と協力し、鋼で組み上げた魚礁3基に、約7,000枚もの淡路瓦を組み込み、南あわじ市の沼島沖の海底に設置したのである。大きいものでは、高さ20メートル、ビル7階建て相当に及ぶこの「魚のまち」は、一連で約39トンの漁獲量回復が見込まれている。かつて屋根の上で人々を雨風から守っていた建材が、今は海の中で生態系を育むインフラへと転じているのである。


なぜ、いぶし瓦が魚礁に使えるのか。そこには、この瓦の特徴と海洋生物の生息環境との高い親和性がある。いぶし瓦の多孔質な性質と表面の微細な凹凸は、微生物やプランクトンの絶好の足場となり、瓦の隙間は小魚たちの隠れ家となり、それを追ってタイやアジ、さらには大型のブリが集まる。さらに、淡路瓦は他素材に比べてプランクトンが付着しやすいことも研究によって明らかになっており、瓦の素材特性が海洋環境の形成に生かされていることがわかる。
淡路島の山から土を掘り出し、職人が焼き上げ、まちの屋根として住民を守る。その製造工程は変わらないが、瓦の「行き先」に新たな選択肢が加わった。屋根の上から住民の暮らしを守るだけでなく、海の生態系を育み、島の豊かな食文化や経済を支える存在にもなっているのである。そして、この淡路瓦を用いた魚礁は全国各地の海に広がっている。漁師は海底の「魚のまち」から水揚げをし、それが陸上の「人のまち」の食卓へと運ばれていく。
いまや淡路瓦は、ただ建物の屋根を構成するだけの建材ではなく、淡路島の「山・ヒト・海」をつなぎ、循環させるメディアとしての役割を担っている。私たちのすぐそばで暮らしを支え続けてきた瓦が、今では海の底という目には映らない場所で私たちの生活、そして環境を支えている。従来の地域産業の継承を超え、環境再生や持続可能な循環につながる淡路瓦の新たな可能性を胸に、この「魚のまち」を擁する淡路島を訪れてみたい。

