瓦の建築考

フードスケープ考 Vol.2-2 エネルギー(森田敦郎/人類学者×正田智樹/建築家)

エネルギー考のバナー写真
ShodaTomoki

今回は、前回のフードスケープ考に続き、森田敦郎(人類学者)と正田智樹(建築家)の対談となります。

森田 敦郎

大阪大学人間科学研究科人類学研究室教授、大阪大学フォーサイトで取締役およびリサーチ技法の講師。

科学技術の人類学を専門とし、専門は、大規模技術システムであるインフラストラクチャーと環境の関係についての研究。現在は、気候変動と日常生活をエネルギーや物流のインフラストラクチャーがどのように媒介しているのかを研究している。また、インフラストラクチャーと社会の関係を作り替える手法としてのデザイン人類学の研究も行なっている。

フードスケープとエネルギー

正田

そうした森田先生のエネルギー関係の活動を受けて、次はフードスケープの話に移っていきたいと思います。

フードスケープの基本的な考え方をまずご説明させてください。食の生産工程には、材料の変化にともなって各段階に加工の工程があります。ワインの生産を例にすると、栽培、圧搾、発酵、熟成というように工程が進むわけですが、それぞれの工程に、それぞれの建築があると考えます。それら建築が風、熱、光など地域の資源を活用して食の生産工程を進める。それを“エコロジカル治具”と呼んでいます。つまり、各工程に登場するエコロジカル治具が地形に沿って配置されてできた風景がフードスケープです。地域の食生産の風景はエコロジカル治具が資源や地形に反応し反復した結果と考えています。

フードスケープ:材料の変化と工程、工程の最適配置によってつくられる

森田先生に面白いと言っていただいたエコロジカル治具の考え方は、このアイソメ図で表現をしています。例えばイタリアのカレマ村のワインだと、石柱に熱を蓄熱して放射することによってブドウ冷気から守り、パーゴラが光を受けて風通しを良くしたり、石積みが水はけを良くするなど、栽培工程における建築を見ても、複合的に身の回りの資源を活かしていることがわかります。

カレマ村ワイン生産の栽培工程におけるエコロジカル治具の例

以前、森田先生に教えていただいたイヴァン・イリイチの『エネルギーと公正』を引用したいと思います。

イヴァン・イリイチ『エネルギーと公正』(晶文社、1979)

イリイチは、エネルギー消費が増えれば増えるほど、必ずしも豊かな社会が実現するわけではなく、むしろ一定水準を超えてしまうと不公正が生まれると言っています。本の中では自動車社会を主な例に挙げていて、人々が自動車を持ち始めると高速交通が発達する、そして過剰なインフラ設備が必要になった結果、車を持っていない人が移動の自由を奪われたり、都市を自由に歩けなくなることを言っています。これを“エネルギーの独裁”と呼んでいます。公正というのは誰もが平等にエネルギーを利用できるようになることだということです。“適正規模(Convivial Scale)”とは、人間の身体感覚で把握ができる規模で、自立・相互扶助が可能、そして過度な専門技術に依存しないこととも。

イリイチのエネルギーの公正への解を読んだ時に、まさにフードスケープの議論と重なるものだと感じました。エコロジカル治具が地形に応じて集落の中で分散されエネルギーが見える化していること、風景を見るとそのエネルギーの総体がわかること、そして、生産者が自ら治具をつくるようにエネルギーをつくること、そういった営みすべてと自分の身体が関わっている。フードスケープでは、エコロジカル治具があることで、エネルギーの自立性を生産者自身が担えているのだと再認識しました。

森田先生がフードスケープを“エネルギーの風景”と言ってくださったきっかけは何でしょうか。

森田
フードスケープの考え方に最初に触れた時ウェブメディア「low←tech magazine」で読んだことを思い出しました。そこではまさに気候変動やエネルギー消費を減らすための営み、もしくは個人やコミュニティでエネルギーをコントロールできるようなテクノロジーのデザインが発信されています。そこに、フルーツウォールという技術がでてきます。

正田
フルーツウォール!
オランダなどで昔、連続したレンガ壁をつくることで、太陽熱を蓄熱して、桃やリンゴなどの果実を育てていたという記事を私もどこかで読んだことがあります。

fruit walls in Montreuil, a suburb of Paris.
イギリスの桃栽培のためのフルーツウォール

森田
そうなんです。まさに食とエネルギーの話だと思ったんですね。それから、大阪民俗博物館在籍の人類学者の中川理さんはフルーツウォールに詳しく、もともとはヴェルサイユ宮殿や王室の園芸研究所のような場所で実証実験などがされていたと話をしていました。ここで大事なのは、産業革命前のエネルギー技術ですね。

正田
先日、静岡県久能山東照宮にある石垣苺の生産現場を調査してきました。日中、太陽熱を石垣に蓄えて夜間に放射することで土壌を温めています。もともとは石垣を地面に水平に積んでいたのですが、今は小さな斜面をつくり、そこにコンクリート平板を積み重ねることで代用しています。ビニールハウスを畑上部につくりますが、暖房設備は使用せず石垣の熱だけで温める。まだ2月の下旬でしたが、日中はとても暖かかったです。昨今では石油が高騰しビニールハウスでの栽培ができない生産者さんが増えていると聞きます。そんな中、昔ながらの知恵を利用することでエネルギーをコントロールできている営みはとても興味深いと思いました。

フルーツウォールもしかり、自らの手でエネルギーを獲得しながら食を生産するアプローチは、建築的な視点が加わることで、これからさらに広がっていくチャンスがあるのではないかと考えます。

ビニールハウスの中で小さな斜面をつくって苺を生産する(常吉いちご園)

石垣苺とコンクリート平板(常吉いちご園)
寄稿者
正田智樹
正田智樹
建築家
1990年千葉県生まれ。幼少期から青年期にかけてフランス、インドネシア、中国、ベルギーで生活し、多様な文化や環境に触れる。2014年東京工業大学工学部建築学科卒業。2016-2017年ミラノ工科大学、2017年東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻を修了。在学中に日本各地の伝統的なものづくりの工房やイタリアの伝統食の生産の現場を調査。2018年-2025年竹中工務店設計部にてオフィスビルや劇場、展覧会の設計に携わり、グッドデザイン賞、ウッドデザイン賞、JID賞、空間デザイン賞など受賞。2026年独立、東京科学大学大学院博士課程在籍。人々の暮らしや食文化を基点に建築を設計する。著書にイタリアと日本の伝統食と建築、風景を描いた『Foodscape フードスケープ–図解 食がつくる建築と風景』がある。
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