焼き物を科学する②:粘土が固く丈夫な焼き物になるまで(市川しょうこ/化学者)
1.焼き物はどうして硬く丈夫なのか
日常生活の中で、私たちは湯のみや茶碗だけでなく、洗面台やトイレ、屋根瓦など、さまざまな形で焼き物に触れています。この焼き物が人類最初のテクノロジーであることについては、第1回『焼き物を科学する:世界で一番はじめに生まれたテクノロジー』で触れました。
様々に形を変える焼き物も、制作の出発点となるのは全て「粘土」です。粘土は私たちが身近に見かける普通の土とは異なり、水を加えると柔らかく形を変えることができる特別な物質です。多くの方が、焼き物はこの柔らかい粘土から作られることをご存知でしょう。しかし、どうしてこの柔らかくて水で崩れてしまう粘土が、固くて丈夫な器に変わるのでしょうか。その答えは、粘土が焼成される過程で起こる化学変化にあります。今回は、粘土が焼き物へと変わるまでの詳細な化学変化について、さらに深く掘り下げていきます。
ところで、皆さんは焼き物を制作したことがありますか?旅先の陶芸体験や学校での授業など、体験したことがある方も多いのではないでしょうか。もしまだ体験したことがない方は、ぜひ次の旅行で挑戦してみてください。
私は一昨年、焼き物の体験をしにいきました。目の前で教えてくださる職人さんがデモンストレーションを行った際には、粘土が素直に言うことを聞き、説明通りの形がスムーズに作られていくのを目の当たりにしました。しかし、自分でやってみると、その難しさを実感しました。粘土を思い通りの形にするのは、想像以上に繊細な技術とチカラが必要です。
旅行先での器作り体験といえば、ガラス工芸体験も人気ですが、ガラス工芸と焼き物体験とは全く異なる性質があります。焼き物体験では、成形した器をその場で持ち帰ることはできません。完成までには焼成という工程があり、これには少なくとも1ヶ月ほどの時間が必要です。
更に、必ずしも作品が手元に届くとも限りません。焼成の過程で作品が割れてしまう可能性もあり、最後まで無事に手元に届くかどうか、職人さんすらも分からないのです。この「待つ時間」もまた、焼き物体験の一部だと思うと、作品が届くまでのソワソワした心持ちは、まさに自分が作り手になったかのような感慨深い体験です。焼き物体験は、完成した作品だけでなく、その過程全てが思い出となる、特別な体験でした。
では、なぜ焼き物は、出来上がるまでに1ヶ月以上もかかるのでしょうか?また、なぜ割れてしまう可能性があるのでしょうか?その答えは、成形後の粘土が焼き物に変わる過程を知ることで明らかになります。焼き物が完成するまでには、大きく分けて乾燥と焼成という2つのプロセスがあります。それぞれのプロセスで何が起こっているのか、詳しく見ていきましょう。
2.乾燥:丈夫な焼き物を作る上での大切な前準備
焼き物は、カオリナイトやモンモリロナイトに代表される粘土を水と練り、ろくろや手びねりで形を成形し、大体の形を決めます。成形直後の粘土は、まわりを水分に囲まれた状態です(図の①の状態)。
乾燥プロセスは、必ず粘土の表面から始まります。表面の水分が蒸発すると、狭い隙間へ水が吸い込まれていく毛細管現象によって、内部の水分が表面へと移動します(図の②の状態)。この水分移動に伴って、空間を埋めるように粘土が徐々に縮む現象が、粘土の収縮です。粘土が収縮すると、表面と内部のサイズに差が生じるため、粘土の内部とのバランスが崩れ、歪みや割れが発生しやすくなります(図の③の状態)。割れのリスクを最小限に抑えるため、作品の厚さを均一にすることが重要です。均一な厚さにすることで、乾燥時の収縮をできるだけ均等にし、焼成過程での割れや歪みを防ぐことができるのです。
厚みや加える水の量などは、粘土に合わせて変える必要があります。粘土の粒子が細かければ細かいほど、その表面積が増えるため、より多くの水を含むことができます。一方、粒子が大きい粘土は水分量が少なくなります。この含まれた水分の量が、乾燥時の収縮に大きく影響します。細かい粘土粒子で作られた作品は、含まれる水が多い分、乾燥時の蒸発により起こる収縮度合いが大きくなるのです。
例えば、岡山県の備前焼に使われる粘土は非常に細かい粒子を持っています。この細かい粘土粒子により、焼成時には収縮によるひび割れのリスクも高まりますが、備前焼の職人たちは長い経験をもとに、このリスクを最小限に抑える技術を発展させています。一方、愛知県の常滑焼に使われる粘土は、粒子がやや大きめで、鉄分を多く含んでいます。粒子が大きい粘土は水分をあまり含まず、乾燥時の収縮が少ないため、焼成時に割れにくいという利点があります。このため、常滑焼は薄くても割れにくく、比較的大きな器や急須などの日常使いに適した器の製作に適しています。
「じっくり乾燥させると割れてしまうなら、いっそのこと早く焼いて固めてしまえばいいのでは?」とも思いますが、実際には乾燥させずに焼き入れると、乾燥よりもはるかに高い確率で作品は割れてしまいます。
未乾燥で粘土内に水分が残った状態で焼成すると、熱によって水が蒸発して気体になります。水が液体から水蒸気に変わると体積が大幅に増えるため、粘土内部で水が沸騰し大量の気泡が生まれ、その圧力によって破裂してしまうのです。
ただし、いくら乾燥させても、粘土内部の水分が完全に0になることはありません。これは、空気中の湿度が影響しているためです。粘土は周囲の湿度とバランスを取りながら乾燥するため、完全に水分が抜けることはなく、常に一定の水分を含んでいます。職人が土の状態が「日々変わる」と言うのはまさにこのことを言っており、焼き物を成功させるためには、時間をかけて粘土の状態をじっくり見極めることが重要です。乾燥の進み具合や周囲の湿度を考慮しながら、最適なタイミングで焼成を行うことで、割れや爆発を防ぎ、美しい焼き物を完成させることができます。
3.焼成:粘土が強固な焼き物に変わる瞬間
焼き物の最終的な目的は、固くて丈夫な作品を得ることです。成形と乾燥を経た粘土は、ある程度固まっていますが、まだ力が加わると崩れてしまうほどの弱さです。ここで、高温の熱を加えることで、焼き物の強度が向上します。この高温での焼入れ工程を「焼成」と呼びます。
焼成の過程では、単に粘土内の水分が蒸発するだけではなく、粘土そのものに化学的・物理的な変化が起こります。卵でもドロドロの卵白に火を通すと固い白身に変わるように、高い温度は物質を化学変化させるエネルギー源となるのです。
焼成時に起こる化学変化は「焼結」と呼ばれ、「焼く」ことによって分子が「結合」する現象を指します。乾燥後の粘土素地は、水分が蒸発したことで、粘土粒子同士がくっつき合っています。しかし、この時点ではまだ粒子同士が弱く結合しているに過ぎません。
温度が上昇すると、粘土粒子は膨張し始め、粒子同士が接触しやすくなります(図の④の状態)。その接触面から化学変化が始まり、粘土粒子が結晶化し(図の⑤の状態)、さらに温度が上がると、土に含まれる一部の分子がガラス化して液状になります。この液状のガラスが、膨張した粒子同士の隙間を埋め、全体を固める役割を果たします(図の⑥の状態))。
つまり、細かな粘土が高温の熱によって硬く強固な分子となり、さらに液状化したガラスが焼き物全体を覆い、強度を増していくのです。これが焼成時に起こっている化学変化の全貌です。
焼き物の内部では、焼成時にガラス化した相が化学変化した粘土粒子同士を結びつけ、作品全体を固めています。しかし、その過程で完全には埋めきれない部分が生じ、そこに気泡が残り、焼き物の中には目には見えない無数の孔が形成されます。
実体顕微鏡で焼き物表面を観察すると、実際に細かい孔が見られます。この孔はただのスキマではなく、空気中の水分を吸着したり放出したりする性質を持っています。つまり、焼き物は自然と湿度を調整してくれる効果を持っているのです。この性質を活かして作られたのが、瓦やレンガなどの建築材料です。
例えば、陶板やタイルは焼き物の特性を活かして、家全体の湿度を自然に保つ役割を果たしています。湿度が高い時には焼き物が水分を吸収し、乾燥している時には放出することで、室内の湿度を心地よい状態に保ってくれるのです。これは、加湿器や除湿機に頼らずとも、自然の力で快適な住環境を作り出すという、人間の知恵と自然の摂理が融合した住まいの工夫といえます。
加湿器や除湿機に頼らなくても、焼き物に囲まれた生活は、人の叡智と自然の摂理が融合した暮らしやすい工夫がつまっています。
参考文献
樋口わかな, やきものの科学, 株式会社誠文堂新光社, 2021
Deer et al. “An Introduction to the Rock-forming Minerals” , 1992
伊藤 隆, 陶磁器素地の調湿機能について, 三重県科学技術振興センター工業研究部研究報告, 2006