焼き物を科学する⑮:響きや伝統を化学で読み解く瓦と音の関係(市川しょうこ/化学者)

1.瓦と音の不思議な関係

瓦と音の関係を、普段の生活の中で意識することは、あまりないかもしれません。しかし、瓦屋根の下にいるときに雨音が心地よく響いたり、風が通り抜けるときに柔らかな音がしたり、瓦そのものを軽く叩いたときには澄んだ響きが返ってきたりします。
こうした音は、瓦の素材特性や構造によって生み出されるものです。金属屋根やスレート屋根と比べ、瓦は厚みや重さを持ち、音の響き方や遮り方が大きく異なります。つまり、瓦は見た目や耐久性だけでなく、住まいにおける音環境にも大きな役割を果たしているのです。
この記事では、瓦の音響特性を科学的に解き明かし、なぜ瓦屋根の家が耳にも心地よいのかを探っていきます。
2. 瓦を叩いたときの響き

瓦は粘土を高温で焼き締めてつくられるため、叩いたときには陶器に似た「カーン」という澄んだ音が響きます。これは瓦の密度と内部構造によって決まる共鳴特性です。
例えば、密度が高いほど振動は速く伝わり、硬く澄んだ音が出ます。一方で、焼成時の水分や気孔の残り具合によって音色が変化し、やや鈍い響きになることもあります。京都工芸繊維大学の研究では、瓦の含水率や気孔率が高いと振動減衰が早まり、音が短くなることが確認されています。
つまり、瓦の音は「素材の声」とも言え、焼き方や土質の違いが音色に反映されているのです。この響きは職人にとって品質を見極めるひとつの手がかりでもあり、科学と経験が交差する興味深い領域です。
3. 瓦屋根がもたらす静けさ

瓦屋根の家に入ると、外の騒がしさが和らぎ、静けさを感じることがあります。これは瓦が持つ遮音性によるものです。
遮音性は「質量則」と呼ばれる原理に従い、素材の重さが大きいほど音を通しにくくなります。例えば、薄い金属板は雨音が直接響きやすいのに対し、厚みと重量のある瓦はその振動を抑え、音を減衰させます。また、瓦と瓦の間にできる空気層が二重壁のように働き、音の伝達をさらに弱める役割を果たします。
東京大学の建築音響の調査では、瓦屋根はスレート屋根に比べ、外部騒音を約10デシベル抑制するケースがあると報告されています。
また、鋼板との比較実験もあります。人工降雨を用いた実験では、10分間あたりの降雨量が8.3mmという強めの雨を再現したとき、屋内の騒音レベルに大きな差が現れました。鋼板屋根では約50デシベルに達したのに対し、瓦屋根ではわずか40.5デシベルにとどまり、同じ条件下でも瓦の方が明らかに静かな環境をもたらすことが確認されています。
つまり、瓦屋根は「外からの音を遮る」と同時に「室内の静けさを守る」仕組みを持ち、住まいの快適さに直結しているのです。
4.雨を奏でる瓦屋根
先ほど解説した通り、瓦屋根は遮音性や吸音性が高く、静かな空間を生み出します。同時に、通したい音は心地よく通すことができます。例えば、雨音です。
瓦屋根に降る雨の音は、金属屋根に比べて柔らかく、心地よい響きを持ちます。これは瓦の厚みと形状が雨粒の衝撃を分散させ、音を拡散するためです。
心理学的には、この雨音は「1/fゆらぎ」と呼ばれる周波数特性を持つことが知られています。1/fゆらぎとは、周波数が上がるにつれて音の強さが規則的に低下していく性質で、小川のせせらぎや人の心拍リズムと同じパターンです。この揺らぎは脳をリラックス状態に導き、眠気や安心感をもたらす効果があります。
実際、瓦屋根に降る雨音を周波数分析すると高周波側で音圧が低下し、1/f ゆらぎが現われることで癒やしの効果があることが確認されています。つまり、瓦屋根は「音を遮る」だけでなく「心地よい音を生み出す」存在でもあるのです。
5. 瓦の屋根形状と風切り音

風が強い日に、家の周りで「ヒュウヒュウ」という風切り音を耳にした経験はあるでしょうか。瓦屋根におけるこの風の音は、屋根の形状と深く関係しています。
瓦は1枚ごとに波状の形をしており、その重なりによって風の流れが細かく分散されます。これにより、金属屋根のように大きな平面で風が一気に当たるときに比べ、風切り音が弱まる傾向があります。ただし、屋根の勾配や隙間が不均一だと逆に風鳴りが生じる場合もあります。
建築音響学の実験では、瓦屋根の風切り音は同条件のスレート屋根に比べ約30%低減されるケースが確認されています。瓦は「風の音を抑える形」としても機能し、住まいに安定した静けさをもたらすのです。
6.「耳で聴く瓦」の未来

これまで瓦は「耐久性」「防水性」「美観」といった視点で語られてきましたが、近年は「音環境」を形づくる建材としての価値が注目されています。瓦屋根は雨音を心地よく響かせ、外部騒音を遮り、風の音を和らげます。
つまり、五感のうち「耳」に直接働きかける存在なのです。今後、建築音響の研究が進めば、瓦の形状や素材を最適化し、さらに静けさや安らぎを高める設計が可能になるかもしれません。
例えば「リラクゼーション効果を最大化する雨音を奏でる瓦」や「都市騒音を効果的に遮断する瓦」など、音響性能を前面に打ち出した製品が登場する可能性もあります。
瓦は目で見るだけでなく、耳で感じる建材──そんな未来像が現実になるかもしれません。屋根材を変えることで、より住み心地の良い家にカスタマイズするのも面白い住み方になるでしょう。
【出典・参考文献一覧】
石州瓦屋根の遮音性能に関する研究、下倉良太、島根大学、2016
屋根葺き材料の違いが屋内環境に及ぼす影響、島根県産業技術センター、2023
雨の音について、横井雅之、大阪産業大学論集自然科学編、2024