瓦の基礎知識

焼き物を科学する⑰寒さに負けない瓦屋根の科学(市川しょうこ/化学者)

市川しょうこ

1.寒さに負けない瓦屋根

以前、夏は涼しく冬は暖かい瓦屋根についての記事を書きました。瓦は熱を伝えにくいことから、日差しからくる屋内の暑さを抑えるだけでなく、冬の冷気を室内に伝えにくいという特徴があります。
では、雪が多く降る地域ではどうでしょうか。雪国の屋根材には厳しい寒さだけでなく、凍結と融解が繰り返される環境が待っています。
実際に北海道や東北などの寒冷地では、瓦屋根は珍しくなく、むしろ古くから使われ続けてきました。コンクリートや金属といった建材が凍害を受けて劣化しやすい中で、瓦が雪国で寿命を長く保てる理由はどこにあるのでしょうか。
その答えを探るためには、まず凍害という現象を知る必要があります。屋根材を破壊する冬の脅威。そして、それに立ち向かう瓦の「毛細管現象」の秘密。今回は、寒冷地でも瓦が使われ続ける理由を紐解きます。

2.雪国の屋根を脅かす凍害とは

凍害とは、建材内部にしみ込んだ水が凍り、膨張することで内部に強い圧力が生じ、ひび割れや剥離を引き起こす現象を指します。屋外にさらされる建材であればどれでも起こりうる現象ですが、温度変化が大きい寒冷地では、凍結と融解が繰り返されるため、その発生頻度は非常に高くなります。
この現象の核心を理解するには、「水は凍ると膨らむ」という自然現象を知る必要があります。水分子は0℃以下になると六角形状の氷の結晶を形成し、この結晶構造は水の状態より分子間の距離が広くなるため、体積が約9%増えます。普段の暮らしの中でも、この性質を実感する場面はたくさんあります。たとえば、冬にペットボトルの飲み物を凍らせると容器がパンパンに膨らんで変形したり、製氷皿の氷が真ん中から盛り上がったりするのはそのためです。
この膨張力は、建材内部では強い圧力となり、数百MPaにも達することが知られています。これは建材の引張強度を超えるほどの力で、内部から破壊を引き起こします。膨張が建材内部で起こると、目に見えない微小なクラック(亀裂)が生まれ、これが繰り返されることで亀裂は拡大し、表面が剥がれたり欠けたり、最悪の場合は建材そのものが破壊されてしまいます。

さらに厄介なのは、氷点付近での温度変化です。寒冷地では昼間に少し溶けた水が夜に再び凍り、その繰り返しが続きます。この「凍結 → 融解 → 再凍結」のサイクルは、建材に“膨らんで縮む”動きを何度も強制し、その部分に応力が集中することで損傷が進みます。温度が一定であれば凍るか溶けるかのどちらかですが、氷点付近を上下する環境では膨張と収縮が絶えず起こり、建材にとっては冬の間ずっと力を加え続けられているような状態になります。
この凍害をどう避けるかということが、雪国の建築にとって最重要テーマでした。そのような中で瓦は、寒冷地でも長く使われてきた数少ない屋根材のひとつです。その理由は、瓦の構造にあります。瓦は焼き物ならではの微細構造を備えており、この構造が凍害という自然の脅威に対抗する大事な役割を果たしています。

3.瓦の微細構造が凍害を防ぐ

瓦は焼き物であるため多孔質構造を持っています。これは材料工学の分野ではよく知られた性質で、焼成すると内部に大小さまざまな孔(気孔)が生まれるというものです。この気孔構造が、瓦が凍害に対して非常に強い理由のひとつです。
まず、大きめの孔は「圧力の逃げ場」として働きます。建材内部に水が存在し、それが凍って膨張したとき、逃げ場のない密閉空間では強い応力が生じます。しかし、大きな孔があると氷の膨張による圧力が分散され、材料が破壊されにくくなります。
一方、小さな孔には別の役割があります。1μm以下の微細孔では、氷の結晶核が形成されにくく、水が凍りづらくなります。結晶ができないということは、膨張力が生まれにくいということになります。
つまり瓦は、大きい孔と小さい孔が共存することで、膨張を逃がしつつ、凍りにくい部分も作り出すという、凍害耐性に理想的な構造を持っているのです。
これはコンクリートと比較すると大きな違いになります。コンクリートは水が残留しやすい毛細管が多いため、凍害による破壊が発生しやすいとされています。瓦は焼成により骨格が強固で、かつ気孔が分散しているため、材料自体が凍害を受けにくいのです。

瓦のもうひとつの強みは「毛細管現象」です。毛細管現象とは、非常に細いすき間に水が入り込むと、水が自発的に動き続ける現象を指します。ストローを水に浸したとき、わずかに水が上昇するのもこの現象によるものです。
瓦の内部には、目に見えないほど細い孔が無数にあります。この微細孔は、毛細管現象によって水を吸い上げたり移動させたりする働きを持っています。そのため、凍害の原因となる“水の停滞”が起きにくい構造になっています。
凍害の大きな要因は、同じ場所に水が残り続けることです。溜まった水が凍ると膨張し、内部に応力が集中して破壊が起こります。瓦は、水が孔の内部を移動し、表層へと戻る性質があるため、凍る前に水が排出されやすいのです。
また、瓦は焼成温度が高いため骨格が緻密で強く、氷が内部で膨張しても破壊されにくいという特性があります。この点でも、凍害を受けやすいコンクリートとは異なります。コンクリート内部には、凍りやすい毛細管径の空隙に水が多く残るため、凍害の危険性が高くなります。
瓦は素材としての強さと、水の移動を助ける微細構造を兼ね備えているため、寒冷地でも長期間屋根材として使われ続けてきたのです。

4.今も昔も日本の暮らしを支える瓦屋根

瓦が寒冷地でも使われ続けてきた理由は、焼き物としての構造が凍害に強いからです。水が凍ると膨張するという自然現象は避けられないものですが、瓦は内部の大きな孔が圧力を逃がし、小さな孔が凍りにくさを生み出し、毛細管現象が水を留めないように働きます。さらに焼成で形成される強固な骨格が、凍結による内部応力にも耐える強さを持っています。
冬の厳しい環境でも屋根を守り、長く使い続けられる建材として、瓦はこれからも寒冷地の暮らしを支え続けていくことでしょう。

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寄稿者
市川しょうこ
市川しょうこ
化学者
1992年愛知県出身。神戸大学工学研究科応用化学専攻修士。化学メーカーの化粧品・医療品の研究開発を経て、現在はヘルスケア系スタートアップ企業の取締役として分子認識化学を研究している。フィンランドの教科書を活用した認定NPO法人主催イベントでの小学生向けかがく実験教室や、文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業の支援を受けた科学×アートを融合したインスタレーション展示などを行い、人の創造性を探求するために活動している。
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