焼き物を科学する㉑焼き物のエイジング―経年変化による風合いの変化(市川しょうこ/化学者)
1.焼き物は時間とともに変わる

焼き物は、固くて丈夫です。一度焼き上がれば形はほとんど変わらず、何十年、時には何百年も残ることがあります。
この性質から、焼き物は「変わらないもの」のように感じられるかもしれません。
しかし実際には、器は時間とともに少しずつ変化しています。
使い始めたばかりの器と、使い続けた器では、使い続けた器のほうがなんとなく手に馴染む感覚はありませんか。少しずつ「自分の器」という感覚が生まれてくるのは、愛着がわくこと以外にも、器の経年変化が関係しているのかもしれません。

モノが時間とともに変化していく現象は、しばしば「エイジング」と呼ばれます。
たとえば革製品では、使い始めはやや硬く、色も均一ですが、使い込むうちに手の油分や摩擦の影響で表面の艶が増し、色合いも少しずつ深くなっていきます。新品のときとは違う表情になり、その変化を楽しむ人も多いでしょう。
実は焼き物にも、これとよく似た変化が見られます。
「経年」という言葉からは、劣化を思い浮かべる人もいるかもしれません。しかし自然素材の場合、時間による変化は必ずしも劣化、つまり価値の低下を意味するわけではありません。むしろ素材の性質が表に現れ、風合いが深まっていくことも多いのです。
そのためここでは、「経年劣化」ではなく「経年変化」という言葉を使いたいと思います。
では、なぜ焼き物は使うほど味わいが増していくのでしょうか。その理由は、そもそも焼き物という素材が、最初から少しずつ姿を変えていく余白を持っているからです。
2.焼き物は最初から余白を持つ素材

焼き物は、最初から完全に均一な素材ではありません。
粘土の中には、粒の大きさの違いがあり、含まれる鉱物の種類にも幅があります。焼いたあとに残るごく小さな孔も、場所によって分布が異なります。つまり焼き物は、目に見えないレベルで見ると、もともと小さなばらつきを抱えた素材なのです。
ただし、焼き物がエイジングする理由は、単純に「多孔質だから」という一言だけでは片づけられません。釉薬のある器と無釉薬の器では、時間とともに起こる変化の仕方が少し異なります。無釉薬の器では、表面や内部に残った微細な孔が変化の入口になります。一方、釉薬がかかった器では、表面のガラス質そのものが時間とともにわずかに変化したり、貫入(かんにゅう)のような微細な隙間が影響したりします。
つまり焼き物のエイジングは、素材の不均一さ、表面の状態、内部に残った微細な構造が重なって生まれる現象です。
焼き物は、最初から完成した変化しない物質ではありません。むしろ小さな余白を持ったまま焼き上がり、使われる時間の中で少しずつ表情を変えていくのです。
3.貫入が生まれる理由

焼き物のエイジングを語るとき、よく知られている現象の一つが「貫入(かんにゅう)」です。
貫入とは、釉薬の表面に現れる細かなヒビのことです。一見すると割れているようにも見えますが、これは破損ではありません。
釉薬のある焼き物は、粘土を焼き固めた「素地」の上に、ガラス質の「釉薬」が薄くのった構造をしています。焼成が終わり、窯の温度が下がるとき、素地も釉薬も縮みますが、両者は同じ材料ではないため、その縮み方はぴったり一致しません。この「温度が変わったときにどれだけ伸び縮みするか」を表す性質が、熱膨張率です。
もし釉薬のほうが素地よりも大きく縮もうとすると、釉薬の層には引っ張る力がかかります。ところが釉薬はガラス質なので、ゴムのように伸びて吸収することはできません。そこで、表面にごく細かなヒビを入れることで、その無理な力を逃がします。これが貫入です。
たとえるなら、サイズの少し合わない透明な膜を、硬い土台の上にぴんと張ったような状態です。冷えていくにつれて膜はもっと縮みたくなるのに、下の土台がそれを許しません。すると、膜は全体を一気に壊すのではなく、細い線を何本も入れることで、少しずつ力を逃がします。貫入は、器自体の破壊を防ぐために、細かな逃げ道をつくるような現象です。

この微細な隙間は、時間とともにゆっくり変化します。お茶やコーヒー、だし、油分などに触れるうちに、色素や成分がヒビの中に入り込み、写真のように線が少しずつ目立つようになることがあります。
つまり貫入は、焼き上がった瞬間に完成する模様ではありません。使う時間の中で、少しずつ姿を現してくる模様でもあるのです。
4.無釉薬の器が変化する理由

焼締などの無釉薬の器では、表面に釉薬のガラス層がありません。
そのため表面には、焼成後もごく小さな孔が残っています。こうした構造は「多孔質構造」と呼ばれます。肉眼ではほとんど見えないほど小さな孔ですが、水分や油分が入り込むには十分な大きさです。
日常生活で器を使うと、水や油、食べ物に含まれる有機物などが表面に触れます。こうした物質が表面に付着する現象を「吸着」といいます。さらに付着した物質が、時間をかけて表面近くや内部へとゆっくり広がっていく現象を「拡散」といいます。
スポンジが水を吸っていく様子を思い浮かべるとイメージしやすいかもしれません。ただし焼き物の場合は、もっとずっとゆっくりで、もっと微細なレベルで起きています。
このような吸着や拡散が繰り返されることで、器の色味が少し深くなったり、表面の印象が落ち着いたりします。無釉薬の器が、使い込むうちにしっとりした雰囲気を帯びてくるのはこのためです。
5.器の表面で起きている小さな変化

器の表面では、いくつもの小さな変化が同時に起こっています。たとえば、洗浄や日々の使用によって表面がごくわずかに磨かれていく「微細摩耗」があります。また、表面が水や油とどのようになじむかという性質が少しずつ変わることもあります。さらに、使ううちに表面には目に見えない薄い層が形成され、それが質感の変化に関わることもあります。
微細摩耗というと傷むように聞こえるかもしれませんが、実際には、目に見えないほど小さな凹凸が長い時間をかけてならされていく現象です。その結果、光の反射の仕方が少し変わり、艶が増したように見えることがあります。
また、表面エネルギーとは、物質の表面がほかの物質とどれだけなじみやすいかを示す性質です。これが変わると、水の広がり方や油の付き方も少しずつ変わっていきます。難しく見える言葉ですが、要するに「表面の機嫌が少しずつ変わっていく」ようなものです。
こうした小さな変化が積み重なることで、器の表面はゆっくりと再構成されていきます。その結果として、艶が出たり、触り心地がやわらかく感じられたりするのです。
6.なぜ私たちはそれを「育つ」と感じるのか

器に残るものは、化学変化だけではありません。
そこには、手で触れたときの脂や水分、熱いものを注いだ記憶、洗うという行為、毎日の食事の時間など、暮らしの痕跡が少しずつ重なっています。
同じ種類の器でも、使う人が違えば風合いが変わるのはそのためです。使い方が違えば、触れるものも、置かれる場所も、重なる時間も変わります。
だから私たちは、焼き物の変化を単なる傷みとしてではなく、「その器らしさが育っていく過程」として受け取るのかもしれません。
器の表面に起きているのは、小さな物理的変化です。しかしそれが私たちにとって特別に感じられるのは、そこに自分の暮らしの時間が重なって見えるからなのかもしれません。
7.焼き物は使われることで完成に近づく

焼き物は、作られた瞬間にすべてが完成するわけではありません。素材が持つ揺らぎや微細な構造は、人の生活が重なりながら、時間とともに少しずつ変化していきます。
手で触れ、水に濡れ、食事とともに時間を重ねる。そうした日々の積み重ねが、器の表情を少しずつ変えていきます。
焼き物は、使われることで完成に近づく素材なのです。
これまでこの連載では、焼き物を科学の視点から見つめてきました。器の歪みや素材の構造、焼成の仕組みなど、日常の焼き物の中にある物理や化学を紹介してきました。
毎月の連載は今回でひと区切りとなりますが、焼き物と科学の話はまだ尽きません。またどこかの機会に、焼き物の面白さを科学の視点で書けたらと思います。




