瓦の基礎知識

焼き物を科学する⑯:光で汚れを落とす屋根瓦の最先端技術(市川しょうこ/化学者)

市川しょうこ

1.最先端技術を活用したセルフクリーニングできる瓦

日本の原風景といえば、瓦屋根の建物を思い浮かべる人も多いでしょう。しかし近年、その姿を目にする機会は少なくなってきています。古いものは手入れが大変で、新しい素材の方が扱いやすいというイメージが影響しているのかもしれません。

けれど、瓦も静かに進化を続けています。たとえば、太陽の光が当たるだけで自ら汚れを落とす、光触媒によるセルフクリーニングの効果を備えた瓦があります。屋根を常に清潔に保つことができるこの技術はすでに実用化されており、徐々にその認知を広めつつあります。

この仕組みの鍵を握るのが、アナターゼ型結晶構造の酸化チタン(以下、酸化チタン;TiO₂)です。酸化チタンは紫外線を受けると活性化し、屋外の汚れや排気ガス由来の有機物を分解します。さらに、表面を超親水化することで、雨水が汚れを浮かせてスルリと流してくれるのです。

伝統素材である瓦に、現代の光化学が融合することで新しい屋根のかたちが生まれます。ここには、日本のものづくりが科学とともに進化してきた物語が感じられます。今回は、このセルフクリーニング瓦の秘密を解説していきます。

2. 光触媒反応とは

まず、光触媒とは何かを詳しく見ていきます。触媒とは、自身は変化することなく他の物質の化学反応を助ける物質のことです。光触媒はこの性質に加え、光が当たることで反応を起こす物質です。つまり、太陽の光の力を借りて化学反応を進めることができるのです。

物質の多くはプラスやマイナスの電荷を持っており、通常は互いに安定した状態で存在しています。光触媒は光を受けることでこれらの電荷を引き離し、別の物質に電子を渡して化学反応を起こします。この反応を応用すると、汚れや臭いを分解したり、細菌を減らしたりすることが可能になります。光触媒によるセルフクリーニング効果は、この仕組みを活かした一例です。

3.瓦と光触媒の相性

瓦はもともと耐久性が高く、屋根材として長期間使用されてきた素材です。表面はガラス化層に覆われているため、二酸化チタンを含有する光触媒を安定して定着させる事ができます。これにより、光触媒の反応が長く持続し、セルフクリーニング効果を十分に発揮することが可能になります。さらに瓦は熱や紫外線にも強く、屋外の過酷な環境でも効果が落ちにくいという特徴があります。

屋外の建材に付く汚れは、大気中に含まれる自動車排ガスの油分や炭素、有機化合物、さらに砂埃などが混ざったものであるため、雨水だけでは落としきれません。そのため、これまでの手入れ方法は、手作業や道具で擦り落とすことが一般的でした。光触媒加工された瓦の表面には、そのような物質が密着しにくいため、雨水などがかかるだけで自然に汚れが流れていきます。

素材の強さと光触媒の化学的な力が組み合わさることで、瓦は単なる屋根材から、太陽の力で自動的に汚れを落とす屋根材へと進化しているのです。

4. 瓦上でセルフクリーニング効果が働く仕組み

このような瓦には、光触媒がもつ特徴のうち、「光酸化反応」と「超親水性」が活かされています。

光酸化反応は、瓦に汚れが付着することを防ぐものです。風や大気の状態によって、瓦表面には塵や埃とともに、汚れを吸着させる油性分が飛んできます。このとき、光触媒がコーティングされていれば、キッチンの油汚れのように瓦上にべったりとくっついてしまうはずの塵や埃を、密着しないようにしてくれます。

また、光触媒は紫外線が当たっているときに超親水性を発揮します。超親水性とは、素材の表面を薄い膜状の水分で保ち、濡れやすくする性質です。雨が降った際には、水膜と汚れの間に雨水が入り、汚れが浮きあがります。雨水が均一に瓦全体を覆うと、分解された汚れやほこりが流れ落ち、屋根の表面は自然と清潔に保たれるのです。雨が降るたびに軽く洗い流される仕組みのため、ブラシ掃除のような従来の手入れがほとんど必要ありません。

これらの性質によって、汚れを雨水で自然に洗い流すセルフクリーニング機能が生まれます。屋根の美しさが長く維持できるだけでなく、メンテナンスの手間やコストも削減できる点が大きな魅力です。光と雨という自然の力をうまく活用して、瓦は自ら屋根を守る機能を持つことができます。

5.光触媒を活用した瓦がもたらす未来

光触媒を活用した瓦は、屋根材としての耐久性や美観だけでなく、環境への貢献という新しい価値も生み出します。汚れが付きにくいため、建物の寿命を延ばすことにも役立ちます。

さらに、メンテナンスの手間が減ることで、屋根掃除にかかる時間や費用を削減できます。伝統的な素材と最新の科学技術が組み合わさることで、瓦はただの屋根材ではなく、環境と生活を守る先進的な建材へと進化しています。

屋根の上で起きている小さな化学反応。その効果は建物全体や街の環境、そして私たちの暮らしにまで届くのです。セルフクリーニング瓦は、日本のものづくりの伝統を未来につなぐ、新しい屋根の形として注目されています。

寄稿者
市川しょうこ
市川しょうこ
化学者
1992年愛知県出身。神戸大学工学研究科応用化学専攻修士。化学メーカーの化粧品・医療品の研究開発を経て、現在はヘルスケア系スタートアップ企業の取締役として分子認識化学を研究している。フィンランドの教科書を活用した認定NPO法人主催イベントでの小学生向けかがく実験教室や、文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業の支援を受けた科学×アートを融合したインスタレーション展示などを行い、人の創造性を探求するために活動している。
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