瓦の建築考

赤い屋根が紡ぐ記憶―石州瓦が描く原風景のゆくえ―(金子なつみ/慶應義塾大学 細谷浩美研究室)

なつみ金子

「原風景」とは、幼少期から思春期にかけて体験した風土やそこでの記憶が、個人の美意識や価値観に深く刻まれたものを指す。島根県石見地方を訪れた人々の記事を読むと、「初めて来たのに、どこか懐かしい」という言葉を多く目にした。山側では瓦の原料となる土が採掘され、そこから南に下った先には土を焼き固める工場が建ち並んでいる。そして沿岸部の住宅地には、加工された赤い瓦の屋根がびっしりと連なっている。赤瓦特有の色むらが醸し出す情緒に、日本の原風景が呼び起こされるような感覚を抱いた。なぜ石州瓦産地の風景は、これほどまでに懐かしく感じられるのか。そう疑問に思い調査したところ、この感覚は、二つの要素が重なり合って構成されているのではないかという結論に至った。

 第一に、「徹底された統一性」である。新築住宅や学校の屋根、さらには公園の階段の一段に至るまで、この地域では赤瓦が使われている。その背景には、住民計画がある。行政が率先して公共建築に赤瓦を採用し、民間に対しても『石州赤瓦利用促進補助制度』や『景観形成住民協定』を通じて、景観保全を支援してきた。この赤い瓦の波は、行政の先導と住民の誇りによって維持されているのだ。第二に、「周辺とのコントラストが生む風情」である。日本海の青、そして山々の新緑。その豊かな自然環境の中で、石州瓦特有の赤茶色が鮮やかに映える風景を刻んでいる。

 しかし、この伝統ある風景は今、大きな岐路に立たされている。瓦の需要は最盛期に比べ大幅に減少し、現在の出荷量は厳しい状況にある。かつて、瓦づくりは街の日常風景そのものだった。巨大な窯から立ち上がる煙や、職人たちが汗水垂らして働く姿を、子供たちは間近で見ることができた。その背中を見て「いつか自分も」と夢みるような、産業と生活が地続きだった光景は、工場の隔離と機械化により、失われつつある。産業と風景、双方の継承が今まさに問われている。子どもたちが故郷を思い出す際、そこで関わった人はもちろん、育った風土や風景も大きな役割を果たしている。島根県江津市の公園で見られるように、子供たちは幼少期から、地元の土で焼かれた瓦に触れて育つ。歴史ある風景の中で成長することが、あまりに自然な日常となっているのだ。

 私たちは今、このような大きな問いを突きつけられる転換期に生きている。伝統を支える職人が減りゆく中で、人々がまたこの赤い瓦屋根を見て懐かしいと感じられる未来をどう描くことができるのだろうか。瓦が次の世代の記憶に宿るためには、特別な体験としてではなく、職人の背中や瓦が日常の一部であり続ける、その積み重ねの中にこそ、継承の芽がある。しかし高齢化と人口減少が進む中で、その日常を守り続けることは容易ではない。だからこそ、外から訪れた人がこの赤い屋根に懐かしさを感じ、その感動が地元に生きる人々の誇りを再燃させる、そんな外と内の循環を生み出すことが、この風景を未来へ紡ぐ鍵になるのではないだろうか。

石州瓦の原料採掘から焼成、屋根への活用に至るまでの流れを図で表した。江津市では、山側で採掘された土が工場で瓦へと焼き固められ、沿岸部の住宅地の屋根を赤く染めていく。日本海の青、山々の緑、瓦の赤茶のコントラストが、訪れる人に懐かしさを呼び起こす原風景を形成している。
寄稿者
金子なつみ
金子なつみ
慶應義塾大学 細谷浩美研究室
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