焼き物を科学する④:機能としての釉薬(市川しょうこ/化学者)
1.釉薬の機能を科学する
シリーズ「焼き物を科学する」では、焼き物がどのように形作られ、人々の心をどう動かしていくのか、科学の視点から探究しています。第三回、第四回は二回にわたって、焼き物の重要な要素である「釉薬(ゆうやく)」に焦点を当てています。
前回の「焼き物を科学する③:美しさを追求した釉薬」では、釉薬の美しさに注目し、どのようにして鮮やかな色彩や魅力的な質感を生み出しているのかを紐解きました。しかし釉薬は、焼き物に美しい色彩を与えるだけでなく、さまざまな機能を持たせることができます。
今回は連載最終回として、耐水性や耐熱性など、科学の力が発揮される「機能としての釉薬」に迫ります。
2.水から保護する「耐水性」
釉薬は、焼き物の表面を覆うガラス質の層であり、その主な役割のひとつが「耐水性」です。耐水性とは、水による変形・変質・損傷などの悪影響をなくしたり、水に濡れても水分の内部への浸透を防ぐことを言います。
釉薬をかける前の焼成された粘土(素地)にも、ある程度は耐水性があります。水をかけても崩れるようなことはなく、形を保ってくれます。しかし、水温が40度を超えると水の浸食作用が大きくなり、沸騰する熱水にもなると、ほとんど耐性がありません。
熱いお茶を湯呑に注いだときに、湯呑が泥のように崩れてきてしまったら大変ですよね。釉薬は水をはじき、食器を使いやすくしてくれ、焼き物の耐久性を大幅に向上してくれます。
釉薬をよく見るとツヤツヤとして透明感があり、触ってみるとツルツルとして非常に滑らかです。透明感があり、滑らかなものといえば、ガラスを思い浮かべる方もいるのではないでしょうか。実は、釉薬の正体はガラスです。焼成された粘土(素地)の上に、高温で焼成されることで生じる一連の化学反応によって形成されるガラス質の層が、釉薬の正体なのです。
釉薬の主成分と化学反応を見てみましょう。釉薬は主に次の3つの成分で構成されています。
・シリカ(SiO₂)
釉薬のガラス化を担う最も重要な成分です。シリカは、高温に達すると完全に融解し、釉薬全体が均一なガラス状の層になります。ガラスの層は非常に密度が高く、水が浸透する空間がほとんど存在しません。さらに焼成前は液状であることから、素地に点在する微細な孔に浸透するため、焼き物が均一に耐水性を持つようになります。
・アルカリ成分(ナトリウム、カリウムなど)
コップなどに使われる透明で色のないガラスは、1300~1600度で溶けます。一方、焼き物の焼成は約1000〜1300度で行われるため、本来この温度域ではシリカはガラス化しません。この、比較的低温な温度域でシリカの融解を促してくれるのが、釉薬に微量に含まれるナトリウムやカリウムなどのアルカリ成分です。これらによって溶融温度が適度に下がり、焼き物に滑らかなガラス質の表面が形成されます。
・金属酸化物(アルミナ、酸化鉄、酸化銅など)
アルミナ(Al₂O₃)は、釉薬の強度を高め、溶融したガラス層の耐久性を向上させます。酸化鉄や酸化銅などは、釉薬の発色にも寄与し、美しく多彩な表現を生み出します。
焼き物の耐水性は素晴らしく、器以外にも活用されている例がさまざまにあります。
ときおり、水道管が老朽化して破裂したという報道を耳にしませんか?大きな穴が開いて水が噴き出す様子は印象的で、生活インフラだからこそ住民への影響も大きく、深刻な問題になっています。
日本で主に使用されている水道管には、ポリエチレン管、塩化ビニール管、鉄筋コンクリート管、鉄管などがあり、これらの法定耐用年数は約40年とされています。しかし、その多くは高度経済成長期(1955年~1973年)に整備されたもので、過半数がすでに耐用年数を超えています。老朽化したこれらの水道管が取り替えられないまま限界を迎えて破裂したというのが、報道の背景です。
しかし水道管のなかには、焼き物製のものもあります。焼き物製の水道管は陶管とよばれ、下水用の陶管の耐用年数は、統計学による劣化予測の結果、平均で約90年とされています。他の材料より2倍以上も耐用年数があり、水に対して強い耐水性を持つことがここからもわかります。日本で三番目に整備された近代水道である神奈川県秦野市の水道は、日本で初めての陶管水道でした。地震への配慮から1923年の関東大震災以降は鉄管が使われるようになりましたが、耐水性という観点で、焼き物が非常に有用であることがよく分かりますよね。
3.「耐熱性」と「保温性」
釉薬のもうひとつの重要な機能は、焼き物の耐熱性を向上させることです。耐熱性が向上すると、焼き物は高温を帯びても形状や機能を保つことができ、レンジやオーブンで使用できる耐熱焼き物を作ることができます。
先述の通り、焼き物を作る際の焼成温度は、約1000〜1300度です。料理やお菓子を焼く際、オーブンの温度は高くても200度前後ですよね。焼成温度よりはるかに低いため、焼き物の変形などを気にせずに使用することができます。
焼き物によっては、直火で焼成にかけられるものもあります。直火の温度は約1700度と、一般的な焼成温度より高いのですが、耐火性のある土を使用した焼き物は直火にかけられるようになります。
また、焼き物の熱に対する特長として、耐熱性だけでなく、保温性も挙げられます。釉薬は素地の表面にしか塗布されていないため、素地内部には細かな孔が無数にあり、それぞれに空気が含まれています。この空気が断熱材の役割をしてくれ、熱が伝わりにくく、保温性が高くなるのです。そのため、熱いものを入れても手で持てますし、料理が冷めにくくなります。
ところで、焼き物のなかには、ものによって電子レンジで加熱できるものと、そうでないものがありますよね。購入時はシールなどで分かりますが、使用していくにつれてレンジを使っていいのか悪いのか、分からなくなることもあるのではないでしょうか。見分けるコツとともに、焼き物の電子レンジでの耐熱性についても見てみましょう。
電子レンジに対する耐熱性と言いましたが、ここでの観点は、実は「熱に対する耐性」ではありません。電子レンジがモノを温めるとき、オーブンのように熱をかけるのではなく、電磁波をあてて水分子などを振動させ、分子自体のエネルギーで熱を発生させます。つまり、電子レンジはモノに熱を与えているのではなく、電磁波という別のエネルギーを与えているのです。
そのため、水分が焼き物の内部に含まれていると、焼き物自体に熱が異常発生してしまい、割れやすくなります。器のなかには、質感を生かすために釉薬を塗布せず、一部素地を残しているようなデザインがありますが、そのような焼き物は吸水性があるため、電子レンジは避けたほうがいいでしょう。
また、金属の絵付けがされているものも、金彩や銀彩が溶けてしまう可能性があるので避けたほうが良いです。ただ、最近は導電性をなくすことで、電子レンジでの使用が可能な金彩や銀彩もあるようです。
4.凍害を防ぐ「環境への耐性」
ここまでは、器における焼き物の機能について耐水性や耐熱性の観点から解説しましたが、ここでは瓦やタイルなど、建材として使用される焼き物の機能を見てみましょう。
焼き物は長い歴史をとおして、さまざまな環境に対応できるよう進化してきました。そのなかでも、寒冷地での使用や外装としての使用を考慮した、凍害(とうがい)への耐性は非常に重要な要素となります。
凍害は、焼き物が低温環境にさらされ、水分が凍結することで引き起こされる劣化現象です。焼き物の表面や内部に水分が侵入し、その水が寒さで凍ると体積が増加し、焼き物の内部で膨張して圧力が生じます。この圧力が繰り返されることで、焼き物はひび割れたり、表面が剥がれたりしてしまいます。このような現象は外装に使用される瓦やタイルなど、屋外で雨風にさらされることが多い焼き物に顕著です。
冒頭に解説した耐水性のみならず、釉薬は凍害から焼き物を守るための防御壁としての役割を果たします。
5.最後に
「焼き物を科学する」シリーズをとおして、焼き物や釉薬について改めて調べていると、私自身が驚いたことが多々ありました。特に窯の中で粘土が焼き物に生まれ変わっていく過程は、何度調べても不思議でなりません。まさに自然と人間の技術の融合です。
今ではその詳細な反応原理が分かっていますが、原理は後から理由付けしたものであり、理由が分かったからと言って理想の焼き物がすぐにできるようになるわけでもありません。化学の視点で焼き物を見れば見るほど、原理だけでは語り切れない含蓄に富んだ歴史の折り重なりを感じます。
本シリーズでは、化学の視点から焼き物を解釈しましたが、歴史、生活、芸術、民芸など、焼き物を深く理解するには、まだまだ多くの視点があると思います。どんな視点が読者の皆様の世界を広げるかは未知数ですが、ぜひ、興味がある視点で焼き物を見つめていただけたら嬉しいです。
日ごろの食卓では食器として手で触れ、道では建材として見かけるような、とても身近な物だからこそ、一度興味を持つと日常が色鮮やかになり、豊かで、面白くなりますよ。
<参考文献>
桜井 泰, ほうろう化学的性質, 窯業協會誌, 1960年
神奈川新聞, https://www.kanaloco.jp/entry-130561.html
厚生労働省 実使用年数に基づく更新基準の設定例
樋口わかな, やきものの科学, 株式会社誠文堂新光社, 2021