瓦の建築考

全国で14拠点。建築学生カフェ「TONKAN」に人が集まり続ける理由(Sho建築士/一級建築士・動画クリエイター)

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この3年で全国14拠点、2025年だけで6拠点がオープンした、建築学生がつくるコミュニティカフェ「TONKAN」。店内には図面やノートPC、模型が並ぶ。一見するとカフェのようだが、その本質は普通の飲食店と大きく異なる。最大の特徴は、運営するスタッフも、そこを訪れる利用客も、その多くが建築や土木を学ぶ学生であるという点だ。

TONKANが大切にしているのは、大きく3つの価値だ。1つ目は、人が集まり、勉強ができる空間をつくること。模型材料やA1プリンタが格安で利用でき、空間の利用料もドリンクも無料。大学の製図室が混雑する中、学生たちにとって経済的な負担を減らしながら作業できる環境は貴重だ。2つ目は、建築学生の学びにつながる場をつくること。頻繁に開催されるCAD講座をはじめとした実践的なイベントが、スキルアップの機会を提供している。そして3つ目は、学校や学年を超えたつながりを創出し、実践活動を通じた学びを創造すること。設計から施工、運営まで学生自身が手を動かし、アイデアを試せる空間となっている。

全国に広がるTONKANの特徴は、各地で学生が主体となって運営している点だ。空間デザインも運営スタイルもバラバラだが、「自分たちで場をつくる」という思想は共通している。秋田や岡山などの地方拠点も広がり、それぞれの地域性を反映した活動が展開されている。

「学生と一緒に場を作る」プロセス

TONKANは、“完成した箱”を学生に渡すだけの場所ではない。多くの拠点で、物件探しの段階から学生が関わっている。

プロセスは、物件探しから始まる。次に、どんな場所にしたいかというコンセプトづくり。コンセプトが固まると、大学の先生を審査員に招いて設計コンペを開催し、最優秀賞の案を中心に施工を進めていく。実際の施工では学生自身が壁を塗ったり、家具を組み立てたりする。オープン後は、シフト管理からイベント企画、SNS発信まで、運営のすべてを学生が担う。

このプロセスに関わる建築の専門家たちは、完成形を提示するのではなく、学生と一緒に考え、技術と経験でサポートする立場を取る。学生たちは、座学では学ぶことのできない現場のノウハウや大工さんの技を覚えながら、図面や模型の中だけでは完結しないリアルな建築を経験することになる。

ある学生は「なぜTONKANをやっているのか?」という問いに、「所属する大学のランクを考えると、自分が動くしかない」と答えた。別の学生は「自分たちで場所を作れる楽しさ」を、また別の学生は「学生のうちにしかできないことをやりたい」と語った。プロセスに巻き込まれること自体が、学びの本質になっている。

学生がTONKANに感じている価値

TONKANがここまで広がった理由を「安く使えるから」だけだと誤解されることがある。確かに安さはきっかけにはなるが、人が集まり続ける理由の本質ではない。

学生たちが感じている価値は、もっと複合的なものだ。自分のアイデアがそのまま空間になっていく感覚。先輩・後輩・他大学の学生がごちゃまぜで集まるコミュニティ。企業や協力施工店、職人さんといった大人とフラットに話せる機会。これらが同時に手に入る場所は、今の建築学生の周りにほとんど存在しない。

就職活動との関係も興味深い。ここでの体験に価値を見出して飛び込んできた学生たちは、気がついたら企業の面接で物怖じせずに話せるようになっていたと語る。TONKANでの経験はガクチカ(学生時代に力を入れたこと)として説得力があり、企業の人事担当者からも注目されている。こうした複合的な価値が認知され、2025年、全国のTONKANにおける総利用会員数は9000人を超えるまでになった。「安さ」「プロセスへの参加」「仲間の存在」「リアルな社会との接点」が揃った場所の需要の高さを物語っている。

活動を支えるスポンサー・協賛の仕組み

「これ、どうやって成立しているの?」という疑問は当然だろう。学生の熱意だけでは、3年で14拠点という規模は実現できない。

TONKANを支えているのは、ハウスメーカーや建設会社、設計事務所といった協賛企業の存在だ。複数の企業の心を動かしている一番の理由は、TONKANが掲げる想いへの「共感」だ。建築業界の未来を担う学生たちを応援したい、彼らが育つ土壌を一緒に守りたい。そうした志の部分でつながっているからこそ、活動が続いている。

同時に、TONKANはこの関係性を一方的な「支援」ではなく「共創」として捉えている。企業交流会というイベントでは、企業は学生と対話でき、学生は社会を知る機会を得る。お金をもらって終わりなのではなく、一緒にイベントを企画したり、講座を開いたり、現場見学に行ったりする関係性が生まれている。志だけでなく、具体的な価値交換が生まれているからこそ、毎週何かしらのイベントが開催され、全国で年間500回を超える活動が続けられている。

誰か一人の好意に依存しない仕組みこそが、TONKANの持続可能性を支えている。運営の仕組みも含めてデザインされているのだ。

日本の地方と向き合うための拠点として

日本全体で人口減少が進む中、特に秋田や岡山のような地域では空き店舗や空き家が増え、若者が県外に流れていく傾向が続いている。TONKANは、この状況に対して小さな実験を重ねている。

空き店舗を借りて学生の拠点にし、商店街や地域住民と一緒にイベントを開催して人々が集まるきっかけをつくるというものだ。岡山では商店街と連携した活動が展開され、秋田、札幌、広島で連続して開催されたオープンパーティはいずれも100人を超える大盛況となった。秋田の地域住民からは「秋田にこんなにたくさんの若者がいたのかとびっくりした」という声が届いた。横浜の希望が丘では、地域住民も運営に加わって学生と一緒に場を作る試みが始まっている。

TONKANは「学生の居場所」であると同時に、「地域のアンテナショップ」のような存在にもなりうる。学生が外から来て、地元の高校生や住民がふらっと立ち寄り、そこで新しい関係性が生まれる。建築・建設の魅力発信を通じて、業界の人手不足解消に貢献していく。地域創生は大きな言葉だが、TONKANが実践しているのは、大きなマスタープランではなく、小さな拠点を一つずつ増やすという現実的なアプローチだ。

おわりに 2030年、全国50拠点への挑戦

TONKANがこの3年で14拠点を構えるに至ったが、その歩みが止まる気配はない。次なるマイルストーンとして掲げられているのが、2030年を見据えた「全国50拠点」体制への拡大だ。もちろん、数を増やすことだけが目的ではない。これからのTONKANが目指すのは、各地方拠点での活動の深さを生み出すことだ。建築学生だけでなく他分野の学生や地域のプレイヤーとの混ざり合いを増やすこと、そして建設産業界に活躍する人財を輩出し、業界の100年後を創ることだ。

TONKANは、日本の地方と若い世代をつなぐためのインフラになっていけるかどうかを試している。この小さなカフェから、どんなまちの未来が立ち上がっていくのか。14拠点から50拠点へと広がっていく、その景色と変化を、建築のことばで記録していきたい。

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寄稿者
Sho建築士
Sho建築士
一級建築士 / 動画クリエイター
1992年神奈川県横浜市生まれ。明治大学理工学部建築学科卒業後、住宅メーカーでの施工管理、建設コンサルタントでの建築設計、工務店での管理建築士を経て独立。2021年より「Sho建築士」として建築の魅力を伝える活動を開始。専門的な視点で制作するショート動画が支持を集め、SNS総フォロワー数は15万人を超える。現在は、企業や教育機関との協働を通して、建築の価値を次世代へ届ける取り組みを進めている。
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