建築家・加藤亜矢子による『津川恵理トーク:身体に問う建築』イベントレポート
津川恵理さんと私との出会いは、7年ほど前。とある建築レクチャーイベントだった。お互いに無名の新米建築家といったところで、津川さんはニューヨークから帰国して間もない頃。チャーミングな笑顔と人懐っこいキャラクターでニューヨークでの経験を熱く語ってくれた。なぜか、その後も同じようなイベントで何度も顔を合わせ、すっかり顔馴染みになった。これまでいくつかの作品を拝見してきたが、こうして本人のレクチャーを聴くのは今回が初めてだった。
レクチャーではここ8年あまりの作品と思考の軌跡を辿ってくれた。通底するのは「アーキテクチャーがもたらす公共性」への情熱的な関心だった。「建築がもたらす公共性」と言ってもいいのだが、津川さんの思考は都市インフラ、ランドスケープ、デジタル空間にまで及んでいるので、ここではアーキテクチャーという言葉を使いたい。レクチャーの中で特に印象に残った3つの作品を紹介しよう。
ひとつ目の作品は、ニューヨークのDS+Rの事務所に勤めていたときに、ポケットマネーで行ったゲリラ的な社会実験「Urban Experiment」だ。マンハッタンの街角の歩行空間に鏡面張りの無数の球体を浮かべるというもの。それらは、風が吹いても人が触れても思いもよらぬ動きをする。秩序だった都市計画の中に予測不可能なオブジェクトを挿入し、人々の無意識的なふるまいを観察する試みだった。
次に、関西圏の聴講者にはお馴染みの「サンキタ広場」。幾何学をベースにつくられたオブジェクトと微地形により形づくられた駅前広場だ。ここでは、ランドスケープと彫刻との間のようなアーキテクチャーが緻密なスケール設計によってつくられる。この環境との対話から生まれる100人100様の人々のふるまいの総体を公共空間につくり出した。

3つ目に、2年前に渋谷公園通りデザインコンペで最優秀賞を獲得した作品。微地形を利用して、渋谷のメイン通りにテアトロン空間という民主的な小さな活動の場をつくっていくというもの。近代以降、通過する場所としてしかデザインされてこなかった道を、滞在できる場として設計し直す。そのためには、社会制度そのものに介入し、新たな制度設計をしていく必要がある。2040年の完成を目指しているが、すでにイベントとして社会実験を始めており、その有用性を立証しつつある段階だ。完成までの道筋は決して楽なものではないが、彼女の情熱と行動力できっと実現することだろう。

津川さんのアーキテクチャーがもたらす公共性への関心は、ニューヨークでのゲリラ的都市実験から、サンキタ広場での公的な看板を掲げた社会実験へ、そして、渋谷公園通りプロジェクトでは新たな社会制度を設計するフェーズにまで到達していた。建築の公共性に関心を抱き続け、実験を繰り返し、その実現に情熱を傾け続けてきた先に津川さんの今の姿がある。そして2040年、50代になった建築家・津川恵理の姿を見ることが今から楽しみだ。



