瓦の建築考

韓国「甘川文化村」 − 色鮮やかなファサードに覆われたアート村(宮﨑博志/慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程)

宮﨑博志

甘川文化村は「韓国のサントリーニ島」「韓国のマチュピチュ」と称され、色彩豊かな住宅が山肌に立ち並ぶ光景は、今や年間300万人もの観光客が訪れる観光地である。

甘川文化村との出会い

甘川文化村は韓国第二の都市である釜山に位置する。東西を2つの山に挟まれ、南方には港が広がり、色鮮やかに並ぶ住宅の景色は数多くの人々を惹きつける。私もそのような景色に魅了され訪れた一人である。

村に到着し、初めに目に飛び込んできたのは、観光客で賑わうメイン通りに林立する韓国グルメやお土産のお店であった。  

観光案内所でパンフレットを購入し村の探索を始めたが、ふと狭い路地に目を移すと、色とりどりに塗られた壁面や床面が曲線を描くように村の奥へと誘導している。私は、何かに導かれるように路地に吸い込まれた。

アートと生活の境界

色の鮮やかさに心を躍らせながら、住宅の間を縫うように蛇行した路地を進むと、植木鉢や箒等が路地に溢れ出すように置かれており、住民の息づかいが感じられる。数段の小さな階段もカラフルに塗装され、至る所にアート作品が飾られていることから、村全体からアートへの強い思い入れを感じる。所々、ペンキをこぼした跡や、塗り残し、自ら施工したと思われる不揃いな階段などもあったが、それらも良い趣を出していた。村を覆うカラフルなペンキやアート、住民の生活用品、これらの取合いに目を配りながら奥を目指した。

色彩と調和

急な坂道を登ると、屋上に設置されている展望台にたどり着いた。視界は開け、眼下には生活と表裏一体となった色彩豊かな建物が広がる。山々に囲まれている姿から、「韓国のマチュピチュ」と呼ばれているのにも納得がいく。

村は全体的に塗装され統一感があり、建物を一つひとつ細かく見ると、意外にも質素な作りのものが多い。不揃いな石材を利用した住宅や傾いている鉄筋コンクリート造の建物、中には様々な廃材を用いた建造物もあった。石垣を見ると、飲料瓶やトタンの廃材が使われているところも目に留まる。しかし、割れた瓦の屋根や継ぎ接ぎのトタン屋根も覆い被さるように塗装されていることから、雑多な印象は受けない。

住民と観光客の接点

甘川文化村は、1950年代に朝鮮戦争の避難民がこの傾斜地に移り住み、簡素な家を建てたことが始まりとされている。そのため、軒の低い小さな家屋が密集しており、山腹斜面に建ち並ぶ階段式集団住居といった特徴的な景観となった。  

このような集落の景観が芸術家たちの目に留まり、村全体の街おこしプロジェクトが実施された。2009年に釜山政府と地元のアーティストたちが協力し、「夢をみる釜山のマチュピチュ」という村の美化プロジェクトを開始、2010 年には「ミロミロ(美路迷路)路地プロジェクト」が行われた。これらのプロジェクトを通して、甘川文化村は多くの観光客が訪れるアートの村へと変貌していったのである。

村の変貌と聞くと、建物のファサードを塗装したことを第一に思い浮かべるであろう。しかし、もっとも興味深い点は、単に集客のためではなく、今まで村の活動に興味を示さなかった住民を活動に参加させるため、低予算で容易に理解でき親しみやすいアート作品を設けたことである。その活動の一つとして、下の港町で余った船のペンキを壁に塗ったと言われている。

村のアート作品は、住民の街づくりの意識を向上させ、観光客を呼び寄せることとなった。しかし、観光客の増加に伴い商業は活性化するものの、プライバシー侵害や騒音、ゴミ等の問題があることも事実である。そこで、観光で得た利益はこれらの問題解決だけでなく、家屋修理、コーヒー・トイレットペーパーなどの寄贈、菜種油の配布などを行い、住民への還元を図っている。私が村を訪れて最初に購入したパンフレットも、キムチの炊き出しや交通機関への補助として利用されているらしい。  

オーバーツーリズム(観光公害)が世界各地で深刻化する現在、甘川文化村の取り組みは生活と観光の共存のあり方を示唆する事例の一つとなるかもしれない。

・参考文献:

  1. 감천문화마을 안내센터. “감천문화마을”. 감천문화마을 GAMCHEON Culture Village. 2024. https://www.gamcheon.or.kr/?param=intro1, (参照 2024-07-09).  
  2. 甘川文化村案内センター. “甘川文化村”. 甘川文化村 GAMCHEON Culture Village. 2024. https://www.gamcheon.or.kr/?param=intro1, (参照 2024-07-09).]
  3. 甘川村新聞. 2013年3月, vol.8.
  4. 甘川村新聞. 2014年9月, vol.26.
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寄稿者
宮﨑 博志
宮﨑 博志
慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻 修士課程
専門はUrban Architecture Design(都市建築デザイン)。慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻佐野哲史研究室修士課程在籍。慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。2025年春から総合デベロッパーに入社予定。
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