黒く塗装された外壁と、車庫まで包み込む大きな切妻屋根。南側に大きく開いた窓の先には、芝生の庭が広がります。『平泉寺の家』は、なだらかな棚田が連なる福井県勝山市の丘陵地に建つ住宅です。山々に囲まれたのどかな風景が広がる一方、冬には多くの雪が降り積もる地域でもあります。自然を身近に感じながら暮らすことと、厳しい冬から家族を守ること。その両方を叶えるための工夫が、建物の随所に込められています。
設計を手がけた野路建築設計事務所の野路敏之さんに、土地の読み解き方や雪国ならではの住まいづくり、そして瓦を屋根材として選ぶ理由を伺いました。

profile

野路敏之

福井県を拠点に、住宅を中心とした建築設計を手がける。ハウスメーカー、木造住宅を扱う工務店での経験を経て独立。杉をはじめとする木の特性を生かし、構造を素直に見せた簡潔な建築を得意とする。福井工業大学では非常勤講師として、製図や設計課題の指導にも携わる。

棚田の上に建てた4人家族の住まい

棚田が連なる丘陵地に建つ「平泉寺の家」と、建物に続く道

『平泉寺の家』の住まい手は、30代の夫婦と2人の子どもたち。建設地はご主人の実家の近くで、もともとは実家が所有していた農地でした。南北に長い約120坪の敷地は、棚田が連なる丘陵地のなかでも比較的高い場所。南側に向かって地面が緩やかに下り、その先には山間地ならではの風景が広がります。

「ここは棚田のなかでも一番上に近い場所で、敷地から南側へ向かって景色が開けています。敷地自体にも傾斜があるので、まずはこの地形に建物をどう馴染ませるかを考えました」

奥さまは家庭菜園を楽しみ、子どもたちと外で過ごせる住まいを望んでいたそうです。部屋の広さや形を細かく決めるのではなく、どのような暮らしを送りたいのかを聞きながら、建物の形を組み立てていきました。

土地から出た石を風景に生かして

敷地から掘り出した石と植栽を生かした「平泉寺の家」の庭

傾斜のある土地にコンクリートの擁壁を設ければ、住宅だけが周囲のやわらかな地形から切り離されてしまいます。そこで野路さんは、基礎工事で地中から掘り出された大きな石を、南側の法面に再利用しました。

「地面を掘ると、造成時に埋められていた石がたくさん出てきました。普通なら運び出すものですが、それを庭や敷地の法面に並べ、土を留めるために使っています」

石の間には細かな草を植え、植物の根が張ることによって斜面を安定させる狙いがあります。竣工時には姿がはっきりと見えていた石も、現在では半分ほどが草に覆われ、以前からそこにあった風景のように馴染んでいるそうです。

「もともとこの土地にあったものなので、捨てるのではなく、もう一度この場所に戻したいと思いました。時間が経ち、草に埋もれていくことで、より自然な景色になっていくはずです」

完成時の整った姿だけではなく、時間とともに建築が風景に溶け込んでいくこと。野路さんの根本にある、自然環境と調和して暮らせる家づくりの姿勢が、ここからも垣間見えます。

雪国の暮らしを支える、車庫と深い軒

大きな切妻屋根の下に車庫を組み込んだ「平泉寺の家」の正面外観

勝山市は、福井県内でも積雪の多い地域です。冬になれば屋根や庭に雪が積もり、日々の雪かきが大きな負担になります。

そこで『平泉寺の家』では、車庫を別棟にせず、住宅の中へ組み込みました。車から玄関までを屋根の下でつなぎ、除雪する範囲をできるだけ小さくしています。

「ここは雪がとても多いので、なるべく雪かきが少なくて済むようにしました。車庫を建物の中に取り込み、リビングの前にあるデッキにも深く屋根を掛けています」

大きな窓から庭を望む、木の天井が印象的な「平泉寺の家」のダイニング

南側の大きな窓の前に設けられたデッキは、春から秋には子どもたちの遊び場や、畑仕事の合間に過ごす半屋外空間になります。一方、冬には室内と落雪の間に距離をつくる緩衝帯として機能します。

「デッキの外側には、屋根から落ちた雪が大きな山になるんです。それでも食卓の前の窓まで雪が迫らないように、屋根の掛け方や窓との距離を考えて設計しました」

自然に対して大きく開きながら、厳しい冬からは暮らしを守る。深い軒とデッキが、相反する二つの条件をつないでいるのです。

吹き抜け越しに感じる、家族の気配

木の階段がスキップフロアへ続く「平泉寺の家」の室内
木の床と天井を生かした「平泉寺の家」のダイニングと大きな窓

車庫を建物の中に組み込んだことで、室内には床の高さの違いが生まれました。その段差を隠すのではなく、スキップフロアとして取り入れた空間構成も、この家の特徴です。リビングダイニングから続く短い階段の先に、寝室や子ども部屋が設けられています。

「個室はそれぞれ用意されていますが、階段室や食卓上部の吹き抜けを介して、空間同士が緩やかにつながっています。完全に分断しないことで、どこにいても家族の気配が何となく伝わる間取りにしました」

また、2階に上がっても、不思議と地面から離れた感覚がありません。南側へ向かって土地が低くなる一方、東側は山へ向かってせり上がっているため、2階の窓からも地面や植物を間近に感じられます。

「窓のすぐ先に緑の壁があるようで、家のどこにいても、それほど高さを感じません。そこには、平屋に近い安心感があるのかもしれませんね。施主さんからは、子どもたちが外で遊ぶ機会が増えたという声もいただきました。暮らしと自然をうまく交わらせることができたのは、この地形を生かして設計できたからだと思います」

瓦が美しい大きな屋根

黒い外壁と大きな切妻屋根を正面から見た「平泉寺の家」

広い切妻屋根は、『平泉寺の家』の外観を最も印象づける部分。野路さんが参考にしたのは、長野県などの雪国で見られる、建物全体を大屋根で包み込む住宅でした。

「同じ雪国ですし、大きな屋根を持つ住宅は福井の風景にも合うのではないかと思いました。屋根の形はシンプルで力強い切妻としながら、敷地に馴染むよう高さを抑え、周囲に圧迫感を与えないよう配慮しています」

屋根材には、鶴弥の平板瓦「スーパートライ110 スマート」を採用。屋根面が長く、勾配も比較的緩いため、同地域で多く使われてきた和形瓦では対応が難しい条件でした。

庭の石組みと植栽、家並みが見える「平泉寺の家」の外観

「一般的には、平板瓦でも対応できる範囲としてはぎりぎり。対応できなければ、板金屋根にしていたかもしれません。ですがスマートは緩勾配にも施工できる仕様なので、問題なく瓦葺きで屋根をつくることができました」

瓦屋根らしい落ち着きを備えながら、佇まいはすっきりと現代的。大きな面に整然と並ぶ平板瓦が切妻屋根の輪郭を際立たせ、黒い外壁や周囲の緑とも馴染んでいます。

「スマートは袖瓦の形もきれいで、屋根全体をすっきりと見せられるところが気に入っています。自分で言うのもなんですが、屋根はシンプルな形ながら、とてもきれいにできたと思いますね」

長く使われてきた素材への信頼

夕暮れに室内の明かりが灯る「平泉寺の家」の外観

瓦は重量があるため、耐震性の面で不利だと語られることがあります。また雪国では、人が屋根に上がって雪を下ろすため、平板瓦の上を歩くと割れるのではないかと心配されることも少なくありません。しかし野路さんがこれまで鶴弥の瓦を採用してきた住宅では、雪下ろしによる破損は起きておらず、実際の建物で積み重ねてきた経験が製品への信頼につながっているそうです。

「鶴弥の瓦では、10年以上経った建物も含めて割れたことがなくて、製品としての安定性や信頼性を感じています。もちろん、瓦の重さという弱点を否定しているわけではありません。でも、イメージだけで選択肢から瓦を外すのはもったいないと思うんです」

瓦は長く使われてきた素材だからこそ、長所だけでなく、注意すべき点についても多くの知見が蓄積されています。野路さんは、特性が明らかになっていること自体を、素材を選ぶうえでの安心材料として捉えているようでした。

「新しい素材には、新しいものならではの良さがあります。ただ、長い時間が経ったときに、どのような変化が起こるのか分からないものもあります。その点、瓦は歴史が長く、メリットもデメリットも分かっている。注意点が分かっていれば、設計や構造によって対策できますから」

金属屋根や新建材にはそれぞれの利点があり、すべての住宅に瓦が適しているわけではありません。それでも、屋根が重いという一面だけで敬遠され、瓦屋根が減っていくことには違和感があると野路さんは話します。

「きちんと対策をすれば、瓦ほど魅力のある素材はなかなかありません。日本の風土に馴染み、自然とも調和する。私の建築に対する考え方とも相性がいいので、条件が合えば、これからも積極的に使っていきたいと思っています」

土地から掘り出された石を風景へ戻し、丘陵地の高低差を室内へ取り込み、雪への備えを家族の居場所へと変えていく。地域の環境を丁寧に読み解き、長く使われてきた素材を現代の暮らしに生かすことを目指した『平泉寺の家』。その象徴ともいえる大きな瓦屋根にも、野路さんの想いが込められていました。

文:中澤 範龍 写真:白川 雄太