田畑の向こうに山並みが広がり、昔ながらの民家も残る福井県永平寺町。その一角に建つ『清水の平屋』は、端正な切妻屋根の下に、家族5人のための大らかな空間を収めた住宅です。室内を細かく区切らず、庭との境界もできるだけ曖昧に。子どもたちの成長や、これから変わっていく家族の暮らしを受け止める余白が随所に設けられています。
設計を手がけたのは、福井県を拠点に活動する野路建築設計事務所の野路敏之さん。木や瓦といった自然素材を大切にしながら、地域の風景と暮らしに馴染む住まいをつくり続けています。
profile
野路敏之
福井県を拠点に、住宅を中心とした建築設計を手がける。大手ハウスメーカー、木造住宅を扱う工務店での経験を経て独立。杉をはじめとする木の特性を生かし、構造を素直に見せた簡潔な建築を得意とする。福井工業大学では非常勤講師として、製図や設計課題の指導にも携わる。
木を使った安らぎの家づくり
野路さんの建築家としてのキャリアはまさに叩き上げ。大学で建築ではなく経営分野を学び、卒業後に大手ハウスメーカーへ就職。工務店での勤務も経て20年以上実務に携わり、木造住宅への関心を深めながら現場で建築を学んだそうです。
「仕事をしているうちに、人が長く暮らすことを考えると、木造住宅がいいのではないかと思うようになりました。特に杉は湿度を調整してくれたり、音をやわらかく吸収してくれたりする。何となく落ち着く雰囲気も含めて、人が暮らす空間に適した素材だと感じています」
構造材にも杉を用いる場合は、その骨組みを隠すのではなく室内に見せたい。また、構造を美しく見せるには、建物の形も無理のないものに。そうすれば柱や梁の流れがそのまま空間の秩序となり、やがて屋根の輪郭にもつながっていく……。そのようにして、野路さんの設計思想が形成されていったといいます。
「以前、ある建築家の方と話していたときに、日本家屋では屋根の形がとても大事だと教えていただきました。柱や梁の流れを素直に見せようとすると、建物全体の形もおのずと簡潔になり、そのぶん屋根の輪郭もきれいに見えてくる。そうした考えに触れ、木を使いたい、構造を見せたいという想いを突き詰めていくうちに、屋根の形まで含めたシンプルな木の家が、自分の型として少しずつ定まってきたように思います」
もちろん、軽快さだけを追うのではなく、福井では変化に富む気候に耐えられる強さも必要です。冬には多くの雪が降り、細く繊細な部材だけでは成立しにくい土地。古民家に見られるような力強さを、現代の暮らしにどう受け継ぐか。野路さんの設計からは、地域の条件から導かれた骨太さも感じられます。
仕切らないことから始めた、5人家族の家
『清水の平屋』の住まい手は、30代の夫婦と3人の子どもたち。土地探しの段階から相談があり、かつて地域の繊維工場があった場所を造成した住宅地に建てられました。近くには体育施設があり、その先には田畑と山々が広がる、自然を身近に感じられる環境です。
「ご家族は、私のウェブサイトで過去の仕事を見てくださっていて、平屋にしたいという希望がありました。ご主人はアウトドアが好きで、家の中も外も分け隔てなく使ってくれる方です。引き渡しの日から、子どもたちは裸足のままリビングと庭を行き来していました」
家の中心にあるのは、家族が集まる大きな広間です。庭に向かって大きなガラス開口が設けられ、室内にいても外の気配を濃く感じられます。一方、内部の間仕切りは最小限。和室や水回りを除けば、寝室や子ども部屋も現時点では壁で仕切られていません。

リビングの一角を家具で間仕切りし、その奥にベッドを配置。一般的な住宅であれば最初から用途ごとに壁を立てるところを、ここでは家族の変化に委ねているのです。
「寝室や子ども部屋は、将来必要になれば仕切れるようにしています。ただ、今はほとんどがひとつの空間。施主のご夫婦の要望通り、最初から細かく部屋を決めてしまうのではなく、子どもたちの成長に合わせて面積を配分できるようなつくりにしました」
子どもたちが小さい間は、家族が同じ空間で過ごす。個室が必要になれば壁を加え、やがて子どもが巣立てば再び広く使うこともできます。この設計は現在の便利さだけを整えるのではなく、時間とともに変化する家族の姿を受け止めてくれます。
「平屋には、生活がワンフロアで完結する暮らしやすさがあります。もともと住宅は平屋が基本で、足りない部分を2階へ逃がしていったとも考えられる。敷地に広さがある福井では、その基本に戻るような家づくりができると思いますね」
完成時の便利さだけではなく、10年後、20年後にも無理なく使い続けられること。平屋という形式が持つ単純さを生かしながら、内部には変化の可能性が残されていました。
「森の中のようなリビング」をつくる
敷地に初めて立ったとき、住まい手から出た言葉のひとつが、「森の中にいるようなリビングにしたい」という希望でした。そこで野路さんは、建物だけではなく、庭の木々が育った先の風景まで含めて住まいを考えました。
庭にはコナラやモミジ、シャラ、ヤマボウシなどの落葉樹を配置。ジューンベリーやブルーベリーといった果樹も加えました。まるで公園のような広々とした道路側にはシラカシやソヨゴなどの常緑樹を植え、運動施設を訪れる人の視線をやわらかく遮ります。
「今はまだ最低限の植栽ですが、これから少しずつ木を増やしていきたいそうです。時を重ねるごとに家が徐々に木々に囲われて、そのうち、本当に森の中にいるような雰囲気になるかもしれませんね」
庭は、完成した時点ででき上がるものではありません。木が枝を伸ばし、葉を茂らせ、季節ごとに色を変えることで、住まいの表情も変化していく。そんなふうに建築と庭を別々に扱うのではなく、ひとつの環境として考えることも、野路さんが大切にしている視点です。
「建築を設計していますが、つくりたいのは暮らしです。庭がどうあると気持ちいいか、木と室内がどのような関係になると心地いいか。朝日が食卓に入る様子や、夕日が室内に広がる景色を想像しながら、それを形にしているつもりです」
窓が切り取る、毎日違う夕景

光の扱いは、広間だけに表れているわけではありません。玄関の西側、高い位置に設けたFIX窓からは、周囲の建物を避けるように空だけが見えます。家族が帰宅する時間帯には夕焼けが差し込み、壁や床、そこに飾られた一枚の絵の表情を変えていきます。
その絵は、完成した空間を見た画家に、この場所に合うものを描いてもらった作品だといいます。
「窓から見える空の色が毎回違います。それに合わせて室内の色も変わり、絵の表情も違って見える。施主さんから、その様子を撮った写真を送っていただいたこともありました」
大きな窓から庭を取り込む一方で、小さな窓では風景の一部だけを切り取る。シンプルな窓の使い方ひとつで、開放性と静けさの両方を表現し、日常の中にふと立ち止まる時間を生み出しています。
変わっていく素材が、暮らしに安心を与える
庭で遊ぶ子どもたちを見守ったり、みんなでゆっくりと過ごすことができる縁側。木と漆喰の表情が豊かな造作棚。モダンでありながら、細部にわたって心穏やかに過ごせる設えが感じられる『清水の平屋』ですが、エクステリアにもこだわりがありました。
ゆとりのある平屋の屋根に採用されたのは、鶴弥の平板瓦「スーパートライ110 SMART(スマート)」。雨音をやわらげる静音性や、建物に落ち着きをもたらす質感。そして何より、焼き物ならではのわずかな表情の違い。野路さんがこの瓦を選んだのには、そうした理由があったそうです。
「工業製品として均一であることは大切ですが、瓦には焼き色のわずかな違いがあります。木にも一枚一枚の個性がある。自然の多い場所では、そうした均一ではない素材の方が、風景にうまく馴染むと感じています。一方で10年、20年経ってもまったく色が変わらないものは、かえって不自然に感じることがあります。劣化とは少し違って、色が熟成していくような変化。人も建物も変わっていくからこそ、暮らしの時間を感じられるのではないでしょうか」

家に使われている木の色が深まり、庭の樹木が育ち、住む人も年齢を重ねていく。変化するものに囲まれて暮らすことには、不思議な安心感があると野路さんは話します。
一方で、伝統的な和形瓦は、若い世代の住まい手にとって「和風になりすぎるのではないか」という懸念もあります。そこで、瓦の質感を生かしながらもすっきりとした外観をつくれるようにと選んだのが、凹凸を抑えたスマートでした。
「個人的には和形瓦も好きですが、若いご家族の住宅では、もう少し軽やかで現代的な雰囲気が求められることがあります。そんな理由から、平板瓦を使うときは鶴弥のスマートを選ぶのが私の中では定番になっています。なんといっても形がきれいなので」
切妻屋根は余計な要素を加えず、素材と輪郭そのものを見せる屋根。軒先から棟へ伸びる面の美しさ、屋根を縁取る袖瓦の納まり。だからこそごまかしがききません。
「大きな広間も、庭の木々も、時間とともに用途や表情を変えていく。一枚の大きな瓦屋根は『清水の平屋』という空間を包み込む存在として、確かにその役目を担っているように思います」
文:中澤 範龍 写真:明 直樹


