フードスケープ考 Vol.1 素材(正田智樹/建築家)
段々畑の石積み、竹のやぐら、土壁の発酵室、レンガ積みの発酵室など食の生産を支える建築に関心がある。
段々畑は光や熱を、竹のやぐらは風を、土壁やレンガ積みは湿度を調整するために、食の生産に使用される。人々が試行錯誤を繰り返し、時間をかけて自然との関係の中でつくりだした知恵は、建築という形になってあらわれ、地域に広がり、人々の暮らしを支えてきた。こうして、自然を活かした建築が地形や資源に応じて配置された風景をフードスケープと呼ぶ。
私は、2016年から1年間イタリアへ留学したことをきっかけに、スローフード運動が保護する伝統食の生産に登場する建築の調査を継続して行ってきた。2023年末には日本での調査を追加して『Foodscape フードスケープ: 図解 食がつくる建築と風景』を出版した。2025年末、前職の設計部を退職し、博士課程でこの研究を継続することにした。
日本の伝統食の調査をしていると、自然を活かした食の生産が年々各地で失われていることに気づかされる。例えば、集落での後継者不足や高齢化により、手間がかかり特殊な道具や技術が必要な工程が行えなくなる。温暖化やゲリラ豪雨など想定外の自然のリズムにより、凍みや氷がつくれなくなったり、乾燥ができなくなるなど、屋外での工程を進めることが難しくなる。交通量の増加による排気ガス、中国から運ばれてくる黄砂によって、食品の衛生管理を安定できず外部に晒す工程を行えなくなる。
こうした生産人口や自然環境の変化によって伝統食生産が減ってしまうと、各地でそれらを支えていた建築は不要になり、取り壊しや転用、もしくは廃墟となってしまう。食を生産するという実践が建築と共にあり、それらが集落に反復するからこそ見えていた美しいフードスケープも失われてしまう。
今回、ヒトツチというwebメディアにて執筆をいただいたことをきっかけに、“フードスケープ考”と題して、様々な題材を切り口に新しいフードスケープの価値について考えてみたい。
Vol. 1は、食を生産する建築にあらわれる「素材」と自然の活用について事例を紹介しながら考えてみることとする。
蓄熱する石
・コルテミーリアの赤ワイン
イタリア、ピエモンテ州の南部に位置するコルテミーリアという村でつくられる赤ワインがある。ぶどう畑は南向きの斜面地に位置し、砂岩の石積みの段々畑が日中に熱を蓄え、夜間に熱を放射することで、冷機からブドウを守っている。第2次世界大戦以降、コルテミーリアは都市部の人口流出により荒廃地となるが、2000年代に地元の若者たちが石積みの段々畑を復活させた。

・カレマ村のワイン
イタリア、ピエモンテ州とヴァレ・ダオスタ州の州境にあるカレマ村で生産される赤ワイン。斜面地の段々畑に山頂で取れる花崗岩を活かした石積みと石柱のパーゴラがあり、太陽熱を蓄熱し夜間に放射することで、ぶどうを夜間の冷気から守っている。石柱は修復されて使用されるものもあれば、熱を蓄える既成コンクリートの細い柱によって代用されているものもある。


防風する垣
・愛媛県西宇和郡のみかん
愛媛県西宇和群で生産されるみかんは、石積みの段々畑で栽培される。石積みにあたった日光の「反射日射」「熱放射」と、海面からの照り返しにより、みかんの木への日射の増加や地温上昇が生じ、土壌を適度な乾燥状態にすることができる。石積みは、愛媛県地中の中央構造線の南側に沿って延びる「三波川(さんばがわ)変成帯」と呼ばれる地質帯から採れる緑色片岩を利用している。また石積みの上には海からの塩害を防ぐためにスギやヒノキ、マキといった高さ2m程度の防風垣が植わる。西宇和郡では干ばつを防ぐため高さ2.5mの位置にスプリンクラーが設置され自動潅水が行われる。その妨害とならないよう、垣の剪定を毎年行うが、手間がかかることから近年では青い防風ネットが使用されはじめている。


菌を育み、湿度を調整するレンガ・土
・ジベッロ村のクラテッロ
イタリア、エミリア=ロマーニャ州のジベッロ村で生産されるクラテッロと呼ばれる生ハムがある。湿気を含んだ風を内倒し窓から取り入れ、レンガ室の中で湿度を85%程度に保つことで、生ハムのカビを成長させて発酵・熟成を進める。多孔質のレンガにより、クラテッロに特徴的な香りづけをするためのカビが住みつき、空気中の水蒸気を室内に溜め込むことができる。レンガ造の建物はジベッロ村ではよく見ることができる。

・小豆島の醤油
小豆島で生産される醤油の発酵・熟成室は、木造で小屋組みをつくり大きな気積の中で、妻面の窓から風を取り込んで発酵・熟成を進める。竹小舞の上に藁を混ぜた土壁には、蔵付きの乳酸菌、酵母菌が住みつくことで、もろみから自然に発酵が進む。


温度を調整する大理石
・コロンナータのラルド
ミケランジェロやアールトが使用したカラーラマーブルと呼ばれる大理石の鉱山の麓にあるコロンナータ村で生産されるラルドがある。大理石の壁に囲まれ、コンカと呼ばれる大理石の容器の中にハーブとラルドを入れて発酵・熟成を進める。大理石は表面温度が低く、熟成に最適な温度を一定に保つことができる。


風を通す竹のやぐら
・田野町の寒干し大根
宮崎県田野町で生産される寒干し大根を乾燥させるやぐらは、杉を三角形に組み、竹の母屋を斜辺に11段設置させて毎年製作されている。杉は田野町で育林される飫肥杉を、竹は孟宗竹を利用する。もともとすべて竹で組まれていたものだが、地面と接する材に竹を利用すると4〜5年しか持たないことがわかり、使い分けをしている。やぐらでは、海に向かって吹き下ろす鰐塚おろしの風が大根から水分を抜いていく。近年では恒久的に設置ができるグラスファイバー製のやぐらが登場したことで労力を減らせるようになったが、高価であったり夏場にその場で畑ができなくなるなどの理由で普及はしていないという。


蓄熱する石、防風する垣、菌を育み、湿度を調整するレンガ・土、温度を調整する大理石、風を通す竹のやぐら。これら複数の事例を見てみると、素材の蓄熱性、反射性、吸湿性、防風性、耐候性といった物性を活かすことで、熱・風・水・菌といった資源を食生産に関係づけている。
また、上記のほとんどの事例は地域の素材を利用した建築である。特に、発酵・熟成の工程に関わるクラテッロ、醤油、ラルドなどの生産に利用される、レンガ・土・大理石はほとんど変化することがない。一方で、カレマ村の石柱が既成コンクリートの細い柱に、西宇和郡のみかん畑の防風垣が防風ネットに少しずつ変化し、田野町の大根やぐらがグラスファイバー性のものに実験的に代替されるなど、素材を変えることで自然の活用を一定にするものもある。地域の素材が、耐久性に優れ安価な工業製品によって代用されることにより、少ない生産人口の中で負担を減らしながら生産を維持することが可能となる。しかし、それがよいのかどうかは長期的な視点を持って判断する必要がある。なぜなら、工業製品によって代用することは、地域の素材を採取・加工し、建築に利用・修復するためのスキルや職を失うことに、ひいてはその土地の風景を変えることにつながるからだ。
今後の温暖化や人口減少の中で、地域の伝統的な食の生産方法が変化することは避けられないだろう。しかし、こうした知恵とその更新の試行過程を観察し学ぶことは、生産方法を更新する、ないしは生産場所を変える際にも応用が可能なのではないだろうか。生産量や経済性、美味しさ、美しさを天秤にかけながら、考えていくことはできないだろうか。そうした建築の視点から食生産の未来の姿を考えることが必要不可欠だと私は考えている。

