瓦の基礎知識

焼き物を科学する⑲建築・アート・陶板浴・料理へ広がる素材の可能性(市川しょうこ/化学者)

市川しょうこ

1.陶板の用途

前回の記事では、陶板という素材がどのような性質を持っているのかを、素材科学の視点から紹介しました。 陶板は、耐候性や耐久性、熱に関する安定した性質を併せ持つ、板状のセラミック材料です。

こうした性質は、それぞれが独立しているのではなく、互いに関係し合いながら、さまざまな用途を可能にしています。水を通しにくいこと、紫外線や温度変化に強いこと、熱のふるまいが穏やかであること。これらの特性が重なり合うことで、陶板は建築だけでなく、アートや温浴、料理といった分野へと活用の場が広がっていきました。

本記事では、建築、アート、陶板浴、料理といった分野で、陶器が実際にどのように活かされているのかを見ていきます。

2.建築外壁としての陶板

陶板は、外壁材として用いられることがあります。屋外で使用される建築材料には、雨や風、紫外線、温度変化といった厳しい環境条件に耐えることが求められます。

陶板は、吸水率が低く、内部まで水分が浸透しにくい構造を持つため、凍結と融解を繰り返す環境でも劣化しにくいという特長があります。また、有機材料を含まないため、紫外線による分解や変質が起こりにくく、長期にわたって外観や性質を保つことのできる素材です。

こうした理由から、陶板は外装パネルや、建築の表情を形づくる材料として選ばれてきました。

3.内装材・建築意匠としての陶板

陶板は、内装材や建築意匠の一部としても使われています。焼き物ならではの質感や陰影は、空間に落ち着きや奥行きを与えます。

また、不燃性であることから、公共建築など人の集まる空間でも使いやすいという利点があります。美術館や駅舎、宗教建築などで陶板が用いられている背景には、素材としての安全性と、意匠性を両立できる点があります。

さらに、陶板はサイズや形状の自由度が高く、壁面の一部として使われるだけでなく、空間を区切る要素や、視線を導くための意匠としても機能します。構造材と装飾材の境界に位置する素材であることが、内装における陶板の活用シーンを豊かにしていると言えるでしょう。

4.アートに活かされる陶板

陶板は、建築材料であると同時に、表現媒体としても用いられてきました。その代表例が、陶板画や陶板レリーフです。

陶板がアートの分野で重宝されてきた理由のひとつに、「野外展示に耐えうる素材であること」が挙げられます。紙やキャンバスに描かれた絵画は、湿度や紫外線、雨風の影響を受けやすく、屋外展示には向きません。

一方で陶板は、高温焼成によって顔料や釉薬が素地と一体化しており、紫外線や降雨にさらされても、色や輪郭が変化しにくいという特性を持っています。これは、絵具を表面に塗るのではなく、焼成によって素材そのものに定着させているためです。

こうした特性を活かした代表的な事例が、京都府立陶板名画の庭にあります。ここでは、モネやレオナルド・ダ・ヴィンチなどの名画が陶板で再現され、屋外空間に展示されています。

陶板名画の庭は屋外に開かれた美術館で、作品は雨や日差しを直接受ける環境にあります。それでもなお、長年にわたって色彩や構図が保たれているのは、陶板という素材が持つ耐候性と色彩安定性によるものです。

陶板は、単なる「絵を載せる板」ではなく、作品を長い時間スケールで支える素材です。屋外という過酷な条件のなかでこそ、その特性が最もよく表れる点は、アートの文脈における陶板の大きな魅力だと言えるでしょう。

5.陶板浴という過ごし方

近年、「陶板浴」という言葉を耳にする機会が増えています。陶板浴とは、温めた陶板を用いた温浴方法のひとつで、比較的低い温度環境のなかで体を温める点が特徴です。

一般的に、陶板浴は陶板表面や室内温度が40〜45℃程度に設定されることが多く、高温で大量の発汗を促すというよりも、穏やかに体を温めることを目的としています。そのため、サウナや高温の岩盤浴と比べると、リラクゼーションに近いものとして捉えられることがあります。

陶板が用いられる理由としては、熱をため込みやすく、ゆるやかに放出する性質が挙げられます。表面温度が急激に上がりにくく、長時間横になって過ごしやすい点も、陶板浴の特徴のひとつです。

陶板浴は、しばしば岩盤浴と比較されますが、両者には素材の性質に由来する違いがあります。

岩盤浴で使われる岩石は天然石であることが多く、それらは石英や長石、炭酸塩鉱物など、複数の鉱物が混ざり合った集合体です。岩石は多孔質構造を持つ場合があり、水分を含みやすいという特性があります。そのため、加熱時には水分の蒸発や対流も関与し、湿度の高い温熱環境が生まれやすくなります。

一方、陶板は人工的に組成と焼成条件が管理されたセラミック材料です。高温焼成によって内部構造が緻密化しており、水分をほとんど含みません。加熱時にも性質が安定しており、熱は主に固体内部に蓄えられ、そこから穏やかに放出されます。

この素材の違いは、体感にも影響します。岩盤浴が「しっかり温まる」「汗をかく」体験になりやすいのに対し、陶板浴が「長く横になっていられる」「呼吸が楽に感じられる」と表現されることが多いのは、温度帯と素材特性の違いによるものです。

陶板は放射率が比較的高く、表面に蓄えられた熱を赤外線として外部に放出しやすい性質を持っています。そのため、空気だけを温めるのではなく、人体や周囲の物体にも熱が伝わりやすくなります。

こうした熱の伝わり方が、「じんわりと温まる」「包まれるように感じる」といった体感につながっていると考えられます。

6.食材の魅力を引き出す陶板

陶板は、調理の分野でも用いられてきました。陶板焼きは、加熱した陶板の上で食材を焼く調理方法です。

陶板は熱をため込みやすく、加熱ムラが出にくいという性質を持っています。そのため、食材に均一に熱が伝わり、急激な温度変化が起こりにくい点が特徴です。

金属製の鉄板と比べると、表面温度の立ち上がりは穏やかですが、その分、素材本来の水分や旨味を保ちやすいとされています。焼き物の熱特性が、料理という身近な場面でも活かされている例だと言えるでしょう。

7.陶板という素材の多様性

陶板は、建築、アート、温浴、料理と、非常に幅広い分野で用いられてきました。これらの用途に共通しているのは、陶板が持つ素材としての安定性と、熱や環境に対する穏やかな振る舞いです。

用途から見ていくことで、陶板は単なる「建築材料」でも「健康素材」でもなく、活用シーンによって意味を変える素材であることが見えてきます。

陶板に触れるときには、その場でどのような性質が活かされているのかを意識してみると、焼き物という素材の奥行きを、より立体的に感じられるかもしれません。

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寄稿者
市川しょうこ
市川しょうこ
化学者
1992年愛知県出身。神戸大学工学研究科応用化学専攻修士。化学メーカーの化粧品・医療品の研究開発を経て、現在はヘルスケア系スタートアップ企業の取締役として分子認識化学を研究している。フィンランドの教科書を活用した認定NPO法人主催イベントでの小学生向けかがく実験教室や、文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業の支援を受けた科学×アートを融合したインスタレーション展示などを行い、人の創造性を探求するために活動している。
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