焼き物を科学する⑧:宇宙も医療も一歩進める最先端の焼き物(市川しょうこ/化学者)

1.ファインセラミックスとは?
先月より2回にわたり、最先端の焼き物である「ファインセラミックス」を紹介しています。焼き物と言えば、粘土を練って成形し、焼き締めて焼成するものです。しかし、ファインセラミックスでは、わたしたちがイメージする粘土を使いません。「ファイン」とは「精密」を意味し、高純度の原料を使用しながら、精密に制御して焼成することで、特定の機能を発揮する素材が得られます。
先月はファインセラミックスの概要と歴史にフォーカスし、焼き物の発展からファインセラミックスが生まれたことを紹介しました。今月は、より具体的な特徴や用途について掘り下げ、ファインセラミックスがどのように私たちの生活に影響を与えているのかをご紹介します。

2.高純度な素材が生み出す機能性
ファインセラミックスの特性は、原料の選定と精製によって大きく左右されます。従来の陶磁器では天然の粘土を使用しますが、ファインセラミックスでは高度に精製された無機化合物が使われます。代表的なものとして、酸化アルミニウム(Al₂O₃)、窒化ケイ素(Si₃N₄)、炭化ケイ素(SiC)などがあります。
高性能なファインセラミックスを作るためには、不純物を極限まで取り除いた高純度の原料が必要です。たとえば、半導体基板や電子部品に使われる酸化アルミニウムは、99.99%以上の純度が求められます。不純物が 1 ppm(100万分の1)でも含まれると、電気的・機械的特性が大きく変化し、製品の性能に悪影響を与えるためです。化学蒸着(CVD)を使用することで、99.99955%を超える超高純度セラミックスを製造することができます。
また、セラミックスの特徴のひとつに、製造後に化学的に変化しないことがあります。たとえば、金属は錆びて腐食しボロボロになったりしますが、セラミックスは腐食によって壊れることは稀です。酸化アルミニウムや炭化ケイ素でできたセラミックスは、ほぼすべての化学物質に対して耐性があり、他の材料が損傷するような環境でも使用することができます。
このように、原料の選定と精製は、ファインセラミックスの性能を決定づける最も重要な工程のひとつです。
3.製造プロセスの最適化と緻密な性能
ファインセラミックスの製造工程は緻密に制御されています。自然の粘土の代わりに粉末化した無機原料を使用しますが、この原料粉末を均一に分散成形することが求められます。
粉末を均一にすることは、とても難しい工程です。小麦粉がダマになったり片栗粉が解けずにゲル状になる様子を見たことがあるのではないでしょうか。ファインセラミックスは宇宙や医療など、より精密さが求められる分野で使用されることが多いことから、不良を避けるべく均一に分散しなければなりません。そのため、製造においては微粒子の流動性、凝集性、分散性を制御することが必須となります。
ファインセラミックスの最終的な特性を決定づける重要な工程が焼成です。焼成とは、成形したセラミックスを高温で加熱し、粒子同士を結合させて高密度化するプロセスです。この焼成条件の最適化が、機械的強度、耐熱性、電気的特性といったセラミックスの性能を大きく左右します。
焼成条件のひとつに、温度があります。材料の種類によって異なりますが、多くのファインセラミックスは1000~2000℃の範囲で焼成されます。焼成温度が低すぎると粒子間の結合が不十分となり、強度が低下します。一方、温度が高すぎると粒子の異常成長が起こり、脆弱性や熱膨張のばらつきが生じるため、最適な温度範囲を見極めることが欠かせません。
焼成時のガス環境もセラミックスの化学的性質を決定づける条件のひとつです。たとえば、酸素を含むガス環境(酸化雰囲気)では、酸化物セラミックス(アルミナやジルコニア)は安定して焼結します。しかし、窒化ケイ素(Si₃N₄)や炭化ケイ素(SiC)のような非酸化物セラミックスは酸化によって劣化するため、窒素や不活性ガス(アルゴン)環境での焼成が必要です。水素を用いることで還元反応を促進し、特定の電子特性を持たせることも可能です。
4.スマートフォンから人工衛星まで、エレクトロニクスを支える素材
ファインセラミックスは、エレクトロニクス分野の発展を支えるうえで不可欠な素材です。その優れた絶縁性、耐熱性、化学的安定性は、スマートフォンやパソコンの半導体製造、通信機器、さらには人工衛星の電子部品にまで応用されています。
半導体製造装置には、高純度のアルミナ(Al₂O₃)や窒化アルミニウム(AlN)が使用されます。これらはプラズマ耐性が高く、不純物を発生させないため、微細な回路を形成する工程に適しています。また、IC(集積回路)やトランジスタを収めるセラミックパッケージには、熱を効率よく放散する窒化アルミニウム基板が採用されます。金属や樹脂では耐えられない高温環境下でも安定した性能を発揮できることが特徴です。
さらに、スマートフォンや車載電子機器にはセラミックコンデンサが不可欠です。誘電体にチタン酸バリウム(BaTiO₃)を用いることで、高い静電容量と安定した温度特性を確保できます。この特性により、電源のノイズ除去や高周波回路の安定化に寄与します。
また、携帯電話やWi-Fiの高周波信号を制御するセラミックフィルターや共振子も重要です。5G通信には、低誘電損失で高耐熱性を持つセラミック材料が求められます。さらに、宇宙空間の極端な温度変化や放射線環境に耐える電子部品として、人工衛星にもファインセラミックスが活用されています。
5.人工骨や歯科材料、最先端医療機器への活用
ファインセラミックスは、医療分野においても広く活用されています。特に、人工骨や歯科材料には、生体適合性が高く、耐久性や耐摩耗性に優れたセラミックスが使用されます。たとえば、ヒドロキシアパタイト(HA)は、人体の骨や歯の主成分であるリン酸カルシウム系の化合物であり、骨組織との結合性が高いことから、人工骨や骨補填材として用いられています。また、ジルコニア(ZrO₂)セラミックスは、金属よりも軽量で、審美性に優れ、耐摩耗性が高いことから、歯科インプラントや義歯に活用されています。
また、ファインセラミックスは医療機器の分野でも重要な役割を果たしています。たとえば、酸化アルミニウム(Al₂O₃)は、高い耐食性と生体適合性を持ち、人工関節の摺動部材として利用されます。金属製の人工関節と比較して、摩耗粉の発生が少なく、長期的な安全性に寄与することができます。圧電セラミックスは、超音波診断装置のプローブに使用され、電気信号を機械振動に変換することで、高精度な画像診断を可能にしています。セラミックス製のマイクロ流体デバイスは、微量な血液や試薬を高精度に制御し、病気の早期診断や創薬研究に貢献しています。
6.形を変えて栄え続ける焼き物文化
ファインセラミックスは、高機能素材として、エレクトロニクス、医療、エネルギー、環境分野など、さまざまな分野で革新的な技術を支える基盤となりつつあります。その性能と耐久性は、今後ますます多くの産業に新たな可能性をもたらし、私たちの生活をより良くしていくことが期待されています。
古代から19世紀まで陶磁器などで培われた焼き物の文化は、科学技術によって拡張されています。焼き物の歴史が脈々と受け継がれるなかで、技術の更新とともに、最先端を走り続けています。人と焼き物の関係はどの時代も密接で、生活の豊かさや発展を支えています。次世代技術の進展において、ファインセラミックスの役割はますます重要になっていくことでしょう。