建築レポート

陶板の建築、瓦の建築、瓦のその先(田代彩子/建築家)

彩子田代

非日常的な空間体験から気付くこと

いつも見ている風景と少し違う、そこにある物がいつもと違う場所で、違う使われ方をする。そんな「少し違う」感覚をもたらす空間はワクワクする。そしてそのワクワクの先に、今まで気付かなかった新たな価値を再発見できると建築の可能性はもっと広がるかもしれない。

子供の頃、「雪のかまくら」は特別だった。空を舞う雪が、地面や屋根に降り積もる。雪景色を見ること、降り積もった雪の上を歩くことは雪国での冬の日常だが、かまくらは特別で、降り積もった雪で作った壁や天井、それらに囲まれた空間は非日常的な体験を与えてくれる。そこは決して暖かく無いはずなのに、「ほら、かまくらに入れば寒くないよ、雪のお家が寒さから守ってくれるよ」などと言いながら遊んでいたように思う。かまくらは、さらに雪が降れば埋もれて潰れてしまうか、暖かくなれば溶けてなくなってしまうから、刹那的な空間体験だったように思う。

安藤忠雄設計の「京都府立陶板名画の庭」

PlusMinus ©︎PlusMinus

京都府にある「京都府立陶板名画の庭」。ここは陶板名画と建築の融合とも言える空間で、屋外でありながら絵画を鑑賞出来る場所だ。モネ作の『睡蓮・朝』が実際に水の中で揺らめいていて、ミケランジョロ作の『最後の審判』は堂々と天高く自然光が降り注ぐ壁に展示されているから驚きだ。なぜ水や光、風雨に弱いはずの絵画がそんな場所に展示出来るのか?それは前回の記事「陶板の過去と現在」を参考にしてほしい。ただ刻々と移り変わる屋外環境で名画を見られるだけが、この場所の持つ非日常性ではない。

京都府立陶板名画の庭は安藤忠雄の設計によるものである。誘われるように空間に足を踏み入れれば、コンクリートの壁や、「コンクリート」の門、空間に浮かぶ「コンクリート」の床が現れる。その壁や門を期待感と共にくぐり抜けると、巨大な絵画の世界を自分が浮遊しているような、そんな特別な感覚に陥る。浮遊するコンクリートの床は、巨大な名画と対峙するためにもあるのかもしれない。そこに立つことは、海にそそり立つ岬に立つ感覚や、橋の先端に立つ感覚に似ているところがある。そのような時にあって、人は後ろを振り向くのか? 下を向くのか?おそらくそのどちらでもなく、エッジに立ったその先を見るのでは無いか?さらに言えば、見える先に視線や思考が飛んで行くような没入感を得るのではないか?陶板名画の庭ではそういった感覚を絵画鑑賞にうまく応用しているのだと感じた。絵画や建築の知識が無くとも、ここでは頭だけでなく身体や五感で名画と向き合うことが出来る、そんな空間だった。

隈研吾設計​​​​の「中国美術学院民芸博物館」

中国美術学院民芸博物館 ©︎Eiichi Kano
中国美術学院民芸博物館 ©︎Eiichi Kano
中国美術学院民芸博物館 ©︎Eiichi Kano

中国美術学院のキャンパス内にたつ、クラフト・ミュージアム。敷地はかつて茶畑であった。その丘の勾配に沿って傾斜した床を連続させ、大地と一体化し、大地を感じることのできるミュージアムをめざした。平行四辺形を単位とする幾何学的分割システムによって、複雑な地形をフォローするプランニングを行い、単位ごとに小さな屋根を架けることによって、瓦屋根が連続する「村」のような風景が生まれた。

ステンレスワイヤーで瓦を吊ったスクリーンで外壁は覆われ、この瓦スクリーンは太陽光をコントロールして、ミュージアムにふさわしいやわらかな光を室内に導いている。屋根・スクリーンともに、民家で使われていた古瓦を用い、そのサイズのバラツキが、建築をより大地になじませる働きをはたしている。公式HPより

沢山の瓦が重なり連なることで屋根になるその瓦が一枚一枚瓦の側面が見える形で、スクリーンとして壁を形成している。瓦をいつもとは違う角度から見ると、また違う使われ方をすると、瓦はなぜこの形なのだろうと、その原点を見つめる機会にもなる。瓦の形が作り出す陰影もこんなにも美しかったのかと気付かされた。瓦の価値を再認識し、古い瓦の再利用が、瓦を原風景として持つ人々の新たな心の拠り所にもなるように思った。

2024年1月1日に起こった能登半島地震。「瓦バンク」は、地震で壊れた家屋からまだ使える瓦を保管し、再利用の方法を考える取り組みを行っている。高温で焼きしめられ、表だけでなく裏までも釉薬がかけられたこの土地特有の黒瓦は非常に強度があり、黒く美しい。黒瓦のある街並みもまた、能登ならではの美しい情景になっているという。瓦は日本人にとっても能登の人々にとっても身近な素材である。この能登瓦を再利用し、復興のシンボルとなるような瓦の空間を作ることができたら、過去の技術や伝統を継承した、持続可能なこれからのデザインを世界に示すことができるかもしれない。これまで日の目を見なかった瓦の裏面やそこでの美しい釉薬を活かした設計や、内外ともに瓦に包まれた空間なども面白そうだ。

過去には火災に強い特性を活かして蔵の壁に瓦をあしらった「なまこ壁」という工法がある。最近でも耐久性の高い瓦を利用した壁材「陶板」が登場している。しかし、瓦住宅の着工数は年々減少傾向にあるという。瓦から生み出される地域の大切な情景の一部が、今回の地震で失われてしまった。私たちにとって身近な素材の瓦をこれからも様々な方法で、引き継いでいける形を考えていきたいと思う。

・参考文献

京都府立陶板名画の庭

隈研吾建築都市設計事務所

瓦バンク

あわせて読みたい
陶板を知るために、身近な質感から理解を深める(田代彩子/建築家)
陶板を知るために、身近な質感から理解を深める(田代彩子/建築家)
寄稿者
田代 彩子
田代 彩子
建築家
日本女子大学住居学科卒。 第8回林雅子賞、林昌二賞ダブル受賞。 現在は金沢の建築設計事務所に勤務し、住宅、飲食店、物販店等のリノベーション、新築の設計を行う。町家のリノベーションの仕事も多く、自身も築200年古民家をリノベーションして住んでいる。「身近な住生活」を根底に建築を考える事がモットー。
記事URLをコピーしました