瓦の基礎知識

焼き物を科学する:世界で一番はじめに生まれたテクノロジー(市川しょうこ/化学者)

市川しょうこ

焼き物と聞くと、湯のみや茶碗をイメージする人も多いのではないでしょうか。近年では、ガラスやプラスチック製品の普及により、焼き物に触れる機会が少なくなっているように感じるかもしれません。しかし、実は焼き物は私たちの周りに驚くほど多く存在しています。

例えば、食器だけではなく、洗面台やトイレ、セラミック包丁、屋根瓦なども焼き物の一種です。さらに、ファインセラミックスという分野では、人工骨や歯などの医療領域にも使用されています。このように、焼き物は現代の生活においても欠かせない存在となっています。

焼き物は人類が最も長く使っている、化学を応用したテクノロジーの一つです。紀元前の古代文明から現代に至るまで、その技術と用途は進化し続けています。焼き物の魅力は、その美しさや実用性だけでなく、長い歴史と伝統に裏打ちされた技術にもあります。

深鉢形土器(鉢形土器)

日本で見つかった最も古い焼き物は、縄文時代の土器です。特に、青森県の大平山元遺跡で発見された土器は、約16,500年前のものとされています。この発見により、従来の縄文時代の開始時期は約1万年前とされていましたが、より古い時期に遡ることができるようになりました。縄文時代の開始は少なくとも16,500年前と推定できるようになり、焼き物ひとつが、日本の先史時代の理解に大きな影響を与えました。

世界に目を向けてみましょう。世界で見つかった最も古い焼き物は、中国の江西省仙人洞遺跡で発見された土器で、約20,000年前のものとされています。この発見は、焼き物の技術が非常に古くから存在していたことを示しており、当時の人々の生活や文化に関する貴重な情報を提供しています。

いつから焼き物が作られるかは推定されていますが、「なぜ」焼き物が作られるようになったかは、確定的な理由はまだ明らかになっていません。食物の調理と保存や、文化的・宗教的な用途など、様々な理由が考えられますが、まだ仮説の段階です。しかし、歴史上のある時点で、「粘土を焼くと硬くなる」という現象を発見した人々がいたことは確かです。

亀ヶ丘式注口土器

粘土を焼くと、硬くなる。この発見まで、人類は自然のものをそのまま利用するしかありませんでした。泥遊びのように、土を濡らして固めただけでは、水を貯めることはできません。しかし、縄文時代後期には「亀ヶ岡式土器」という水を貯める焼き物が存在しています。粘土を焼くことによって、液体を入れられる丈夫な容器が作られるようになったのです。これは、人類が自然の素材に手を加えることで、生活をより便利にする科学技術の可能性に気づいた瞬間といえるのではないでしょうか。

焼き物は、人類の発明です。焼き物がもたらしたのは、その利便性だけでなく、単に自然のものを利用するだけでなく、手を加えることでその特性を変え、より便利な道具を作ることができるという発想です。この革新的な考えがなければ、人類は自然物に手を加えようとしなかったかもしれません。その結果、金属の精錬や加工技術も生まれず、世界は今よりもっと原始的な状態で止まっていたかもしれません。

焼き物は火と土を使ったテクノロジー

今では、物質の最小単位が原子からできていることは当たり前の事実になりました。しかし、つい19世紀までは、物質のモトは火や土などだと考えられていたのです。古代ギリシャの哲学者であるアリストテレスは、世界が火、土、水、空気の四元素で成り立っているという、四元素論を提唱しました。この理論は西洋の科学思想に長い間影響を与え、紀元前5世紀頃から18世紀までの2000年以上主流でした。このような考えのもとで、古くから人々は火と土を使ったさまざまな技術を発展させました。火と土を使う陶磁器、レンガ、瓦などは、まさに科学技術の成果です。

現代の科学では、焼き物を作る過程で火が土にどのような化学変化を引き起こすのか、明らかになっています。焼き物が焼かれることで丈夫になる理由は、粘土の特性にあります。

粘土は、公園などで見かける普通の土とはまったく異なる特殊な物質です。公園の土を水で濡らして乾かしただけでは、力を加えるとクッキーのようにぼろぼろ崩れてしまいます。一方で、粘土は焼くことでその特性が大きく変わり、耐久性が格段に向上します。

モンモリロナイト

この違いは、土を構成する粒の形に秘密があります。土の粒というと、丸い砂の粒が集まったイメージを持つのではないでしょうか。粘土は丸い粒とは全く異なる形をしており、平板状や針状の形をした粘土鉱物から成り立っています。

例えば、粘土鉱物の代表的なものには、カオリナイトやモンモリロナイトがあります。これらの鉱物は、特に板状の粒子を持ち、その形状が粘土の重要な特性に関わっています。陶芸家が粘土を練っているシーンを見たことがある方も多いと思いますが、あの練りにも意味があります。粘土が水と混ざると、「可塑性」という性質が生まれるのです。可塑性とは、材料が変形しやすい性質で、水分を加えることで粘土が柔らかくなり、形を整えやすくなることを指します。板状の粘土粒子の間に水が入り、クッションになることで滑りやすくなり、形を作りやすくするのです。さらに、乾燥後にも粘土がしっかりと形を保つのは、これらの板状の粒子が相互に結びつき、強固な構造を形成するからです。乾燥しても崩れず、しっかりと形を保つ強度を生むのは、粘土の特性です。

現代科学で解き明かされた粘土の化学変化

粘土の化学組成は基本的に同じ構成要素からなり、Si(シリコン)、Al(アルミニウム)、O(酸素)、およびOH(水酸基)です。この構成要素の組み合わせが変わることで、粘土の特性も変わります。調味料の「さしすせそ」が異なる味を生むのと似ています。

例えば、カオリナイトは平板状の層が2層重なっており、層の間に水分がわずかに含まれています。一方、モンモリロナイトは3層の平板状の層が重なり、層の間により多くの水分が含まれています。

水が層間に入り込むことで、粘土がスルスルと滑らかに動き、形を作りやすくなるため、モンモリロナイトのほうが成形が簡単です。しかし、粘土を乾燥させると、層間の水分が失われてしまいます。特に、モンモリロナイトのように3層構造を持つ粘土は、層間に含まれる水分が多いため、乾燥するとその収縮がより顕著になります。つまり、焼成時により多くの収縮が起こり、ヒビ割れが発生しやすくなります。粘土の化学組成は、土地土地によって異なるため、その土地独自の焼き物文化を生みます。例えば、愛知の常滑焼では、カオリナイトが多く粘土の粒子が粗いことから、焼成後にしっかりとした硬さを持ち、耐久性が高いです。それによって、常滑焼は屋外などの過酷な条件でも使うことができます。

焼き物や陶器の技術は、長い歴史の中で受け継がれてきた知恵と工夫の結晶です。これらの伝統技術がどのようにして効果を発揮するのか、現代の化学によって、そのナゼが解明されています。

ヒビ割れを起きにくくするために、粘土を練ったり寝かせたりしますが、この工程にも意味があります。粘土を練るとヒビ割れが起きにくくなるのは、粒子の均一性が増すからです。粘土を練る作業によって、粘土の中の粒子が均一に分散し、互いにしっかりと結びつくようになります。粒子が均等に分布することで、焼き物の内部に均一な構造が形成され、ひび割れや欠けが少なくなります。また、粘土を寝かせることで割れにくくなるのは、結晶水の安定化によるものです。粘土には結晶水が含まれており、これは水分が鉱物の結晶構造に組み込まれている状態です。粘土を一定期間寝かせることで、結晶水が安定し、粘土の膨張や収縮が均一に行われます。これにより、焼成後のひび割れが防がれるのです。

化学的な視点から伝統技術を理解すると、これらの技術がいかに精緻で無駄がないかがよくわかります。長い歴史の中で培われた知恵が、科学の力を借りてその理由が明らかになることで、伝統技術の洗練度や価値を実感することができます。伝統技術の奥深さは、ただの経験則ではなく、自然の法則に基づいたものであることが、現代の科学によって証明されているのです。

・参考文献:

1.

樋口わかな, やきものの科学, 株式会社誠文堂新光社, 2021

2.

左巻 健男, 世界史は化学でできている, ダイヤモンド社, 2021

3.

加藤 舜陶, 日本の焼物文化について, 紙パ技協誌 50(6), 889-897, 1996

寄稿者
市川しょうこ
市川しょうこ
化学者
1992年愛知県出身。神戸大学工学研究科応用化学専攻修士。化学メーカーの化粧品・医療品の研究開発を経て、現在はヘルスケア系スタートアップ企業の取締役として分子認識化学を研究している。フィンランドの教科書を活用した認定NPO法人主催イベントでの小学生向けかがく実験教室や、文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業の支援を受けた科学×アートを融合したインスタレーション展示などを行い、人の創造性を探求するために活動している。
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