瓦の建築考

陶板を知るために、身近な質感から理解を深める(田代彩子/建築家)

彩子田代

素材を知るにはまずは質感から

建築設計の仕事をしてきてかれこれ十数年、建築設計者あるあるかもしれないが、素材を、見ては触って、持っては触って、とにかく触ることでその素材の質感や重量、厚みなどを確認してきた。

屋根材や壁材も完成すれば手を触れることもなく、屋根に大の字になって寝そべる訳でもないのに、質感を確認するために沢山触ってみたくなる。質感を確認することでその素材が持つ性能や特徴も掴んでいる。ツルツル、すべすべ、ザラザラ、ゴツゴツ、ガサガサ。ツルツルしていたら水をしっかり弾きそう、ザラザラしてたら光の反射が柔らかそう、建築の設計をしていれば質感から素材が発揮する性能や特徴などもデータベースとして自分の中で蓄積させておきたい。また質感を確認することで、素材が建築の一部になった時の出来栄え、見え方、全体像、完成形が想像できる事も建築設計者の重要な能力だと思う。

身近な質感

身の回りの物で例えれば器は、「陶器」は土器に近い焼き物で、土の質感を残した素朴な風合いが特徴で、ゴツゴツしていて、あたたかみがある。

「磁器」は粘土に含まれる長石(ガラスの成分)が多いため、透明感がある薄めの焼き物で、水分を弾き易く、表面も艶やかだ。

器の質感を楽しみ、愛でていたら、きっとシェフや料理家は、この器にこんな料理を盛り付けようかとか、この器だったらこんな舌触りの料理になるんじゃないかとか、すぐにインスピレーションがわくのかもしれない。

「陶板」それは大きな意味で焼き物で出来た板というけれど

「陶板」という焼き物で出来た板。私はこの「陶板」を実際に見て触ったこともないので(陶板と気づかず見たり触ったりということがあったかもしれないが)、一体どういう特徴や性能を有しているのか、建築素材として使っみたらどのように見えるのか想像出来ていない。素材としての「陶板」を触って確認してみたいが、「陶板」といってもどういうものなのかまずは知る必要がありそうだ。

陶板と書くからには、陶磁器(陶器や磁器)で出来た板なのだろうということを想像してみた。陶板でも大きく分けて二つ、陶磁器から派生していった美術作品的要素が大きい「陶板画、陶板名画」と、瓦から派生していった建材の「陶板」があるようだ。その他にも陶板のインテリアとしての置物や、表札、陶板焼きプレートなどもあるようだが、今回は建築の空間を構成できる前述の二つについてみていこうと思う。

陶磁器から派生していった陶板画について

まずは「陶板画、陶板名画」。

陶磁器の長い歴史に比べると、陶板画の歴史は新しく、18世紀中頃ヨーロッパで制作が始まった。陶板画は紙や布の代わりに薄く平な陶磁器の板に絵を描いて制作されている。

実際には硬質の磁器の板に描くが、陶板と呼ばれているそう。

ドイツのKPM(ベルリン王立磁器製陶所)での制作が始まり、その他著名な窯元でいうとマイセン磁器が白磁の制作に成功して、陶板画を制作し、デンマークのロイヤルコペンハーゲンが鮮やかなコバルトブルーが特徴の硬質磁器や、陶板画の制作を始めた。

ここまでみてくると陶板画は、陶磁器の窯元から制作が始まっていることがわかる。

日本ではノリタケ、鳴海製陶、大塚オーミ陶業などが陶板画の制作を行っている。

中でも大塚オーミ陶業は陶板に特化している。大型の陶板を制作する技術を有しているため、建築の壁でも「陶板画」で構成できる。

思い返してみると、学校などの公共施設や文化ホール、企業のエントランスには決まって、絵画とも違うし、ただのクロスやタイルの壁とも違う、装飾的な大きな壁があったように思う。ゴツゴツ出っ張っていたり、すべすべ光沢があったり、大きな芸術作品になっている壁。あれは、「陶板」で出来たものだったのかと今になって気付いた。

磁器の特徴であるツルツルした質感は水にも強く、太陽光線などの光で劣化退色することもないため、屋外や、水中にも陶板を設置でき、名画や文化財を複製し保存することにも活用されている。

陶板の製法は白磁の板を制作し、成形に始まり、絵付け、焼成を繰り返すことにより製造される。イメージ通りの発色にするためには、絵付けと焼成が十数回繰り返されるという。

瓦から派生していった陶板について

次に瓦から派生していった建材としての「陶板」。

まずここでいう「瓦」は「粘土瓦」のことをさして話を進めていこうと思う。粘土瓦は文字通り、粘土を成形し高温で焼き上げたもので、釉薬やうわ薬が塗装されているものは陶器瓦ともいう。瓦はいつどこで誰が発明したかはよく分かっていないが、瓦の元は陶器なのではないかと思う。瓦は屋根に葺くものであるが、江戸時代以降、瓦が庶民の家の屋根葺きに利用されるのと同時期に出現したなまこ壁は、蔵の壁に平瓦を張ったもの。瓦は耐火性があるため、蔵の壁に使用することで建物を守ることが出来た。私は、このなまこ壁に使用する平瓦は、陶器の板だから、陶板といって良いのではないかと思う。日本の瓦から派生していった陶板は江戸時代から始まっていたと言えるのかもしれない。

では現代の陶板には、どんなものがあるのだろうか。

瓦メーカー鶴弥の陶板壁材スーパートライWallという建材がある。瓦と同じ自然素材の粘土を焼き締めたもので、伝統的な瓦の製法を、革新的な技術で壁材に継承している。瓦の利点の色落ちや劣化が起こりにくく耐久性が高い点、耐火性や耐風性なども引き継いでいる。なまこ壁に利用する平瓦は重さがあることに比べ、現代の陶板壁材は中空形状になっているため軽量化もされている。粘土が原料なのに中空形状でかつ衝撃にも強い壁材を、革新的な技術で作られているということに納得である。沢山の性能を有しながら、釉薬がかかった瓦のすべらかさ、いぶし瓦の少しざらっとした質感と風合いを壁面でより身近に感じることができるようになった。また、土っぽい焼き物ならではの野趣溢れる質感の物まである。今まで瓦といえば厚みもあってずっしり重みがあるという感覚だったが、それが瓦と同様の質感や風合いで、瓦の重さの半分ほどというのは私にとって新しい感覚だった。

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陶板について調べてみて

陶器と磁器の質感をヒントに陶板の理解を深めていった。私なりの解釈であるが、磁器から派生していった陶板はヨーロッパで始まったことにより、装飾的な要素が色濃く発展していき、瓦(陶器瓦)から派生していった陶板は、土の風合いや質感を生かしながら革新的な技術で丈夫な建築素材へと発展していったのだと感じた。「陶板」とは何かという事については基礎的な知識を得たので、「陶板」の素材としての多様性を生かし、「陶板」を使用した建築に挑戦してみたいと思う。

寄稿者
田代 彩子
田代 彩子
建築家
日本女子大学住居学科卒。 第8回林雅子賞、林昌二賞ダブル受賞。 現在は金沢の建築設計事務所に勤務し、住宅、飲食店、物販店等のリノベーション、新築の設計を行う。町家のリノベーションの仕事も多く、自身も築200年古民家をリノベーションして住んでいる。「身近な住生活」を根底に建築を考える事がモットー。
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