瓦に宿る質的時間(若林 恵衣/日本女子大学 家政学部住居学科 キャズ・T・ヨネダ研究室)
蔵と私の「時間」
栃木県に暮らしていた高校生の頃、最寄り駅の電車を逃すと、決まって母に新栃木駅まで車で送ってもらっていた。学校をさぼりたくなった日は、栃木駅で降り、母を待った。ふたつの駅を通る旧日光例幣使街道線沿いに広がるのは「蔵の街」。遠回りをしてこの道で帰る時間が、私は好きだった。

私はこれまでに5回の引っ越しをしている。どの町のことも、地元と呼べるほどの愛着は持てなかった。栃木市もまた、そうなると思っていた。今になって思うと、そこはこれまでに住んだなかでいちばん田舎で、いちばん交友関係に苦労した町だった。正直、いい思い出のほうが少ない。
でも、この町がまとう空気感が、他と違って好きだった。まだらに点在する蔵は、どこかあたたかさをまとっていた。新しく建てられた建物でさえ、その風景の中にあると、長い時間をまとっているように見えた。
歩いて遊びに出かけることなんてまず不可能だし、自転車を使っても、行きたいところには4〜50分漕がないとつきやしない。それくらい辺鄙な町だった。子どもの私は、両親の運転する車でしか行きたい場所にいけない、無力な存在であった。
だからこそ、通学路という日常から逸脱する時間がより特別に感じられたのかもしれない。
私が蔵の街にあたたかさを感じていたのは、そこに在り続けるものと、そこを通過していく私とのあいだに、異なる種類の「時間」があったからだ。
自分の意志に関わらず移動し続ける私の時間に対し、蔵の街には動かずに積層していく質的な時間があった。漆喰の表面に沈殿した色や、揃わない木板の色。時間がそこにとどまった痕跡のように感じられた。
蔵の街とちぎ
栃木市中心部に広がる「蔵の街」は、旧日光例幣使街道沿いに形成された歴史的な町並みである。江戸時代には巴波川の舟運によって物資が集まり、商人町として発展した。度重なる火災を契機に、耐火性の高い土蔵造りが広がり、現在の景観の骨格が形づくられた。歩道や看板の色調にも配慮がなされ、通りとしての連続が維持されている。現在見られる蔵の街の風景は、単に古い建物が残っている状態ではなく、保全の取り組みによって維持されている町並みだ。蔵が単体で存在しているのではなく、通りとして連続していることが、この町の特徴である。1



ぼろさと古さ
「ぼろい」と「古い」は似ているようで異なる言葉だ。同じ経年を経た建築であっても、私たちはそれをぼろいと感じることもあれば古いと感じることもある。ぼろさには、管理の手が止まり、時間に放置された印象が伴う。一方で古さには、修理や手入れが重ねられ、なお使われ続けている気配がある。
ぼろい:
「ぼろ(襤褸)」の形容詞化。
古くなって傷んでいる。ぼろっちい。2
古い:
その状態になってから長い年月が経過している。
昔の出来事である。「―・い話を持ち出す」⇔新しい。 3
漆喰の黒ずみや、色の揃わない木板は、物理的にはただの汚れや経年変化にすぎない。しかし、それが通りのなかで連続し、いまも使われ続けている建物のファサードに現れているとき、私はそれを「ぼろい」とは感じなかった。経年変化そのものは価値を持たないが、その変化がどのようなコンテクストのなかに置かれているかによって、私たちの受け取り方は変わるのだと思う。
そこには、単に長い時間が経過したという事実以上に、蔵が誰かの時間の中にとどまり続けてきた痕跡が感じられる。共有された持続であり、これこそが「時間の堆積」だ。
量的時間と質的時間
時間は通常、年数や時刻といった数値によって測られる。これを量的時間という。私たちは日常の中で、「築何年」「365日」「24時間」というような、量としての時間を基準にものごとを理解している。この時間は、誰にとっても均質で、等しく流れるものとして扱われる。
しかし、蔵の街で私が感じていた時間は、それとは少し異なっていた。そこには、単に長い年月が経過したという事実以上の厚みがあったように感じる。年数としての時間ではなく、人と建築の関わりが重ねられてきた時間である。
量として測られる時間が「経過」であるとすれば、私が感じた時間は「とどまり」だった。物質に残る変化が、誰かの手によって引き受けられながら持続してきた。その持続の感触を、ここでは質的時間と呼ぶ。
蔵の街は、歴史的町並みとしての価値が認められ、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。4地区としての保存計画や景観形成の取り組みが長く続けられることで、街並みの連続性が保たれてきた。5
時間の経過そのものを保存することはできないが、その痕跡が感じられる状態を保ち続けることはできる。そうした現在の姿が、質的な時間の厚みを構成している。

蔵の街の通りには、新しく建てられた店舗もある。蔵風の外観をもつスターバックス栃木倭町店もそのひとつだ。それは歴史的建造物ではない。ここで共有されているのは、築年数ではなく、街並みという時間のコンテクストである。新旧の建築が並びながらも、蔵の街通りとしての連続が保たれているとき、質的な時間は更新されながら持続しているといえるのではないか。
質的時間のエレメント
本記事の執筆にあたり、実際に蔵の街で、質的な時間を構成するエレメントを探してきた。日本女子大学目白キャンパスからは、およそ2時間ほどで栃木駅に到着する。栃木駅から新栃木駅までは、電車で3分、徒歩で約40分ほどの距離である。今回は、新栃木駅で下車し、例幣使街道沿いを南へ歩き、栃木駅へ向かうことにした。
まずは、少し寄り道をして、栃木市嘉右衛門町伝統的建造物群保存地区に立ち寄った。
徒歩で蔵の街を歩くのは、5~6年ぶりであったので、記憶の中の姿とは違う町並みに出会った。

嘉右衛門町にある「田楽あぶてん」の引き戸の木板には一本の割れが入っている。表面の色も均一ではなく、部分ごとに濃淡が異なる。框の下部は擦れ、長年の出入りの痕跡が残っている。この建物は現在も営業を続け、扉は扉として機能する。
昔と機能が変わらないでいるそのファサードの在り方に、質的な時間のエレメントを見ることができる。

あぶでんの駐車場側に移動をする。
目線を少しあげると、屋根が目に見える。
瓦は、完全に揃っているわけではない。目地のあいだには土が溜まり、苔が付着している。人工物の上に自然が根を張り、瓦はただそこにあるのではなく、環境と関係を結びながら変化しているように見える。時間が外部と接触し続けてきた結果のように思えた。

一般の住宅の家屋では、いくつもの瓦が重なりながら屋根は奥へと続いて見える。色味は揃っているようで揃っていない。日照や築年数の違いが微妙な差として現れているのだろう。建物ごとに異なる速度で変化しながらも、屋根の連続は保たれている。重なり合う屋根の水平線に、層として積み重なった時間を見ることができる。


嘉右衛門町伝建地区拠点施設「交流館」を管理されている方に話を伺った。
写真中央の電柱よりも右の建物は新築、左の建物はリノベーションだ。現在の交流館は、もともとは味噌工場だった。柱や梁は、再利用をすることを前提に、番号を振りながら手作業で約1年かけて解体作業を行ったそうだ。一部の柱や梁は当時のものをそのまま使っている。建築基準法の改定により、柱や梁を増やす必要があった。再利用した材と、新品の材はあえて質感を分けることで、味噌工場であった時の空間を想像しやすくしている。
梁や柱の端は、雨水の影響で傷みやすい。
傷んでしまったところは切り落とし、使える部分のみを再利用をしている。出入り口付近の梁はこのように新旧が隣接している。

交流館をでて、少し歩くと、岡田記念館に到着する。
岡田記念館の外観は、漆喰、石、木、金属といった複数の素材が同じ立面のなかに重なっている。それぞれ異なる変化を刻んでいる。その差異の重なりに、質的な時間の層を見ることができる。

岡田記念館からさらに直進をすると、蔵の街大通りへと続く道が開ける。ここがちょうど、新栃木駅と栃木駅の中間地点である。
漆喰の壁面には、雨だれによる黒ずみが層のように残っている。焼杉の板壁は深い黒を保っている。またしても瓦は連続し、奥へと視線が引き込まれていく感覚になる。そのあいだに立つ松は、建築とは異なる速度で成長という変化を刻んでいる。異なる素材と異なる存在が、それぞれの時間を生きながら、同じ通りに佇んでいる。

まさしくこの建物は、「古さ」の具現化といえる。
屋根をよく見ると、一部だけ瓦の色が異なっている。全面を新しくするのではなく、必要な箇所だけが差し替えられている。
その差異は、この建物が時間のなかで手入れを受けながら使われてきたことを示している。壊れたから終わるのではなく、壊れたから直すという暮らし方に、質的な時間のエレメントを見ることができる。

右衛門町伝統的建造物群保存地区をぬけ、ここからは、蔵の街大通りを歩く。
この通りにある変電設備は、写真のように茶色でペンキが塗られ、その上をさらに暗い色の木で覆われている。標識のポールも茶色が基調になっており、生活感や情報が景観を壊さないようにしようとする取り組みを垣間見ることができる。

下野新聞社の壁面の板壁は、塗装の剥離が大きく、劣化の印象が強い。管理が十分に及んでいないようにも見える。しかし構造は保たれており、建物自体は機能を失っていない。ここには先述の「古さ」と「ぼろさ」の境界が現れているといえる。

ポスターや開口の構成、看板の存在から、一階は店舗として使われていると読み取れる。一階部分は商業空間として整えられているが、二階の外壁には漆喰の剥落が残る。建物全体が均質に更新されているわけではなく、機能的に必要な部分にのみ関与が集中しているように見える。ここには、「部分的な古さ」と「部分的なぼろさ」が同時に現れている。
古さとぼろさの区別は、単なる印象の差ではない。それは、建築がどのように時間と関わってきたかという履歴の読み取りである。私たちがその差異を感じ取るとき、そこには時間の変化がすでに前提として存在している。この認識の揺らぎ自体が、質的時間のエレメントの一部を構成していると考える。

この建物は小江戸を想起させる開口を持つが、その表面にはまだ経年の層は見られない。意図された古さはあるが、時間の堆積はない。ここには質的時間というよりも、「時間のイメージ」に依存した建築がある。

ある店舗の舗装がひび割れていた。壊れた瞬間の時間が、そのまま残されているように感じた。
瓦という素材
瓦は、土を焼いてつくられる素材である。柔らかく可塑的だった土は、高温で焼かれることで硬化し、もとの状態には戻らない。屋根の上で、風雨にさらされ、表面の色味は少しずつ変わる。割れることもあれば、部分的に差し替えられることもある。
物事は、「現在」を通過するとすぐに過去になる。移動も、天気の移ろいも、思考もそうだ。
制作物もまた同じである。制作の過程では未来を描くが、完成した瞬間からそれはすでに過去のものとなる。
しかし、瓦は少し違う。つくられているあいだは建材としての未来を担い、屋根や軒として据えられたあとも、風や雨、光にさらされながら変化を続ける。完成後も使用の中で変化を続け、「現在」にとどまり続ける。
蔵の街で私が感じていた時間のとどまりは、瓦の表面にも現れていたのではないだろうか。瓦に限らず、私たちは日々の風景の中で、建築素材に触れながら時間を感じ取っているのだろう。素材は、私たちの記憶や感情と静かに結びつきながら、日常の中で時間を可視化している。
【参考文献・出典】

