瓦の建築考

大理における瓦と循環(余 梓梁/東京科学大学環境・社会理工学院 特別研究員)

梓梁余

時間の流れと瓦の変容


瓦は火と水に直面しながら時間を受け止める。焼成の過程では、数百度を超える窯の中で土から陶への不可逆的な質の変化が生じる。使用の過程では、瓦は屋根として人々の生活を守り、風雨に耐え、やがて破損し廃棄され、そのライフサイクルを終える。

だが大理1)の白族2)伝統民居を対象としたフィールド調査の中で、瓦の見方を一方向的な消費から循環へと転じると、瓦は単なる「被覆の部材」から、機能を超えた「即物的な要素」へと変貌することが見えてくる。素材固有の属性がもつ潜在的な力が、建築の営みに絶えず示唆を与えている。

瓦上の微小な生態循環と自然の力


自然の作用を瓦に想起するとき、まず思い浮かぶのは雨との関係だろう。中国の古典詩にも「一夜雨声鳴紙瓦、聴成飛雪打船窓」3)とある。瓦は薄く、雨音は澄んで響く。詩人は病床にあって静かに雨の音を聞き、雨を雪に、屋を舟に喩えた。

瓦は雨だけでなく、風や日射にも耐える。しかし特定の気候条件下では、屋根上に土が思いがけない形で留まり、光、水、風、土、草の種子、鳥や虫たちが相互作用する小さな生態系が、瓦の上に芽生える。

大理は低緯度高原の季節風気候に属し、夏季の降雨量と高湿度が植物発芽に適した湿潤環境をもたらす。1時間あたりの雨量が多くはなく、屋根は0.45〜0.5程度の緩い勾配を持つため、瓦溝に薄い土膜と水分が溜まりやすい。白族民居の青瓦は地元の粘土で焼かれ、釉薬を施した宮殿の琉璃瓦と異なり、焼成温度は1,000度未満で、表面は粗く吸水性を備え、雨の後の湿り気が草の種の発芽を助ける。

風が塵や落ち葉を屋根に運び、それが雨水とともに仰瓦4)の凹部に堆積すると、年月を経て薄い土膜が形成される。周囲の田畑や山野から運ばれた草の種がそこに落ちると、屋根の上に新たな生命の循環が始まる。

瓦の形状、接合、勾配、表面の透水性が、土と水を捉え草花を育む培地として機能し、屋根全体は空中に浮かぶ新たな地面のように、生命力と景観を宿している。

瓦屋根に息づく微小な生態系

瓦の物質循環と人の力


人の力が瓦に及ぶとき、まず思い浮かぶのは屋根の更新・再利用である。瓦は最古の標準化建材のひとつで、部分的に交換をすることによって屋根全体の寿命を延ばすことができる。一枚一枚の瓦に目を向ければ、それは曲面をもつ陶片として日常の循環に組み込まれる。宋代では古事物の愛好が盛んで、北宋の文学者・欧陽修は瓦を砥石代わりの硯とし、随筆『古瓦硯』の中で以下のように記している。

瓦や煉瓦は卑しき微物なれど、筆墨の側に侍ることを得る。物の用は宜しきを貴び、美醜を論ぜず。金とて宝ならざるにあらず、玉とて堅からざるにあらず。されど墨を磨くに用いれば、瓦礫の剛さにも及ばず。5)

瓦は一定の強度と低い吸水性をもち、その曲面は研墨の器として用いられたのだ。

白族民居が育まれた農業時代、物資は乏しく、人々は瓦を繰り返し転用した。瓦は土から生まれ土に還る。廃瓦を地面に縦に差し込み、荷重を面内の力に変換することで、地盤の支持力を高め舗装とする。廃瓦同士の隙間は排水性をも担う。

砕瓦もまた石と混ぜて夯土壁に組み込まれ、引張や剪断に弱い土壁の骨材として応力を分散し、耐久性を向上させる。瓦片の隙間は壁内の湿気を逃がし、梅雨の崩れを防ぐ。さらに一定の高さに水平に並べると装飾性と分節線としての機能を兼ね、乾燥収縮による大きな亀裂を防ぐ。

舗装としての瓦
骨材としての瓦

瓦の循環性


大理白族の建築の文脈において、瓦は単なる屋根材ではない。微小な生態を育むと同時に、転用の知恵を宿す。自然の力が瓦を生態の循環へと巻き込み、人の力が解体・回収・再生を通じて瓦を持続的な建築循環の体系へと引き込む。瓦の素材の本質と自然・人の営みの関係性から建築を見直すとき、建築そのものが生態と物質の循環に深く関与する開かれたシステムであり、「竣工」という終点を持たない旅を続ける存在であることが示唆される。

【出典・参考文献】

1)中国雲南省西部に位置する大理白族自治州。低緯度温帯高原の季節風気候に属し、四季の温度差が小さく、地震活動が頻発する。白族の主要な居住地である。
2)中国の少数民族のひとつで、主に雲南省に居住し、一部は貴州、湖南などにも分布する。
3)南宋の詩人・范成大による『病中絶句八首』の第四首からの引用。
4)瓦の主要な形式のひとつ。弧面を上にして雨水を受ける役割を持つ。これに対し、筒瓦は弧面を下に向け、二枚の仰瓦の接合部を覆う。
5)原文は「塼瓦賤微物、得廁筆墨間。於物用有宜、不計醜與妍。金非不為宝、玉豈不為堅。用之以發墨、不及瓦礫頑。」

寄稿者
余 梓梁
余 梓梁
東京科学大学環境・社会理工学院 特別研究員
2017年ウィーン工科大学交換留学。2018年東南大学(中国)建築学部卒業。2020年東京工業大学(現・東京科学大学)環境・社会理工学院建築学系建築学コース修士課程修了(工学修士)。2024年同大学環境・社会理工学院建築学系建築学コース博士課程修了(工学博士)。建設における循環性とアーキニアリング・デザインに関する研究を行っている。
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