山形県鶴岡市。日本有数の穀倉地帯・庄内平野には、見渡す限りの水田が広がります。夏は青田が蒼青と美しく、冬は一面の銀世界へ。そうした自然のサイクルが息づく街に、2021年夏『鶴岡の家』が完成しました。
地面に伏せるように佇む平屋の屋根を覆うのは、ひそやかに存在感を放つ銀色の瓦。設計は、大阪を拠点に、「風景を受け継ぎ、未来へつなぐ建築」を探求する建築家・中山大介さんです。
土地に無理なく馴染む住まいを各地で手がけてきた中山さんは、なぜこの地で瓦屋根を選んだのか。設計の背景とともに、現代建築における瓦の可能性を伺いました。
profile
中山大介
1978年島根県生まれ。2001年大阪市立大学工学部建築学科卒業、2003年京都府立大学大学院修了。2010年中山建築設計事務所設立。現在は大阪公立大学非常勤講師も務める。場所の文脈を丁寧に読み解き、そこにある風景を受け継ぎながら現代の暮らしに即した建築を提案。渡辺節賞(斑鳩の家)など受賞。
▶︎ 中山建築設計事務所▶︎ Instagram(中山 大介|中山建築設計事務所)
▶︎ Instagram(Nakayama Architect 中山建築設計事務所)
大阪拠点に、地方の建築に携わる
中山大介さんが代表を務める中山建築設計事務所は、大阪を拠点に、主に木造の戸建て住宅を手がけています。
「事務所は大阪ですが他県での仕事が多くて、逆に大阪の仕事の方が少ないくらい。私が島根の地方出身でうまが合うのか、ご依頼いただく案件の大半は、周りに自然や緑があるような立地です。長閑で、そもそも木造の戸建ての住宅が違和感なく溶け込む土地が多いかもしれません」と中山さんは朗らかに語ります。
関西でも奈良や京都など、都市部よりも周辺の地域に縁ができることが多い。狙ってそうしているというより、仕事の流れが自然とそうなっていった。その背景には、事務所が大切にしてきた設計姿勢があります。
「いちばん大切にしているのは、あんまり無理をしないというか……。本当に基本的な建築の形、その地方の習慣というのかな。そういうのを参考にしながら設計しています」
派手な造形で場所を塗り替えるのではなく、土地の既存の環境に倣い、まるでずっとその場所にあったかのように建てる。その感覚が、各地からの依頼を呼び込んでいるのかもしれません。だからこそ、中山さんは設計の前に現地へ足を運ぶ時間を大切にしていると言います。
「これは言わずもがなですが、施工前やリサーチでその土地に行き、近所を見たりするっていうのは、確実に設計に影響しています。ただし研究という感じではなくて、僕はそこを訪ねて、現地で感じた感覚や空気感を大切にしたいんです」。『鶴岡の家』も、そんなスタンスから始まりました。
鶴岡を訪れた初回の視察はちょうど真冬。風も強く、街が雪で真っ白になっている日だったそう。中山さんは雪に無縁ではないものの、鶴岡の雪は別物。家々のつくりからも、気候に対する土地の知恵が滲み出ていました。
この最初の体感が、『鶴岡の家』の設計に、そして屋根材として瓦を選ぶ判断にもつながっていたそうです。
母屋のすぐそばに、新たな暮らしを
『鶴岡の家』は、建主の両親が暮らす母屋がある敷地内に、子世帯の住まいとして計画された住宅。敷地にはすでに庭木や畑、ビニールハウスがあり、暮らしの風景が出来上がっていました。老朽化した蔵を解体し、その跡地に新しい家を建てる。だからこそ、単に新築を建てるのではなく、既存の暮らしに新たな家を重ね合わせることが求められていると感じたそう。
「私がいちばん大切だと感じたのは『既存の文脈を断ち切らない』ということです。ここに異質なモダンデザインをポンと置くのではなく、昔からそこにあった風景につなぐこと。そして、母屋との距離感と、冬場の行き来のしやすさでした。
近すぎれば窮屈になり、遠すぎれば家族の関係が切れてしまう。庭の眺めと日当たりを優先すれば母屋から離れすぎ、動線を優先すれば母屋の影になり日射を得にくい。相反する条件の間で答えを探すプロセスが、この家の骨格になっています」
二つの棟が連なる。雁行配置が生む“ちょうどいい間”
そこで中山さんは、主となる寄棟屋根の棟と、玄関や収納をまとめた棟を分け、ふたつの棟を雁行させて並べました。主棟が暮らしの中心を受け止め、玄関棟が母屋とのつなぎ役となる。家の輪郭を斜めに少しずらすことで、外部との距離が生まれ、同時に家族の気配も消えない。これが、敷地の中で、住まいが占める“居場所”を丁寧に決めていく設計です。
室内は台所を中心に各室を展開し、家事動線を機能的にまとめながら回遊できる構成に。庭に向けて大きく開く場所もあれば、北側に静かに落ち着く場所もある。部屋ごとに開口部の性格を変え、木製建具で外部との関係を調整していく。窓は、風景との距離を測るための道具として扱われています。
風を受け流す、寄棟屋根がつくる佇まい
建主や周りの環境に合わせて設計された『鶴岡の家』。現代的で洗練された空間づくりを行うとともに、その存在感を決定づけているのが屋根の意匠です。
日本海側特有の強い海風、そして、重い雪。外装への負荷が大きい環境だからこそ、軒を低く深くし、外壁を濡らしにくい構えをつくる。屋根の素材として瓦を選ぶことも、その戦略の延長にありました。
中山さんは、屋根のかたちが持つ説得力をこう言葉にします。
「敷地も広かったため、軒先を極限まで低く下げて、平屋でも十分に地面に伏せた感じにできました。屋根の形状も、四方に軒が出る『寄棟』を選んでいます。
切妻屋根だと妻面が風雨に晒されてしまいますが、寄棟なら全方位に傘を差している状態をつくれる。建物全体で風をスムーズに受け流して耐えるような、空力的な合理性を求めた結果があのフォルムなんです」
大人が手を伸ばせば届きそうな高さの軒先。それが建物全体にどっしりとした安定感と、守られているという安心感を与えています。
「瓦は雪国に向かない?」から辿り着いた再発見
なぜ雪国の屋根は金属製が多いのだろう。中山さん自身、当初はそう考えていたといいます。
「瓦って雪国ではあまり使われないイメージがあって。実際に視察に行った際、内陸部の山形市などは、軽量で雪下ろしもしやすいであろう金属屋根が多い印象でした。しかし、鶴岡に向かって日本海側に出ると一気に瓦の風景が広がる。そういうのを見ると、屋根材は瓦かなと考えたのは自然な流れでした」
日本海に面した鶴岡市では、海岸沿いでなくても強風に乗って塩分が飛んできます。金属屋根の場合、どれほど高性能な塗装やメッキを施しても、切断面や小さな傷から錆が始まり、やがて腐食してしまうことも。その点、瓦は粘土を高温で焼き締めたセラミックス。塩害で錆びることもなく、海辺の街で広く使われてきた理由がそこにあります。
瓦は、土地の歴史の中で育ってきた選択肢。視察の際に改めて瓦屋根の魅力を感じたという中山さんは、瓦を調べていくうちに、かつて運ばれてきた経路にも興味を持ったそうです。
「江戸から明治にかけての経済動脈だった北前船。あれって各地で積荷をおろしたあと、帰りは重りがいるから瓦を積んで運んだそうで。だから島根の石州瓦が東北とか北海道まで届いたっていう話がある。自分の出身地のものが遠くまで運ばれていたと思うと、そこにロマンを感じました」
瓦は単なる建材ではなく、物流や経済、土地の記憶と結びついた存在でもある。その視点は、中山さんの素材選びをより立体的なものにしていきました。
家の景色を受け止める、鶴弥の三州瓦「防災J形瓦Ace」
機能面での合理性に加え、中山さんが瓦を選んだもうひとつの理由。それは「風景との調和」でした。『鶴岡の家』の屋根に載るのは鶴弥の三州瓦、防災J形瓦Ace。いぶしたような銀色の風合いを持ちながら、釉薬によって高い耐久性を実現した瓦です。
「この銀色の独特の質感は、光を鏡のように反射するのではなく、鈍く、柔らかく拡散させる感じ。ギラつかずに、風景に馴染んでくれます。たとえば晴れた日には空の青さを、曇りの日には雲の白さを、雪の日には雪明かりを、鈍く映し出してくれるだろうなと思ったんです」
外壁には白の漆喰と、経年変化でシルバーグレーになっていく米杉板を採用。瓦の銀色、漆喰の白、そして変化していく木の色。素材そのものが持つ色彩のパレットで住まいを組み立てることで、現代的でありながら、どこか懐かしさのある佇まいが生まれています。
瓦に守られる安心感
瓦を選ぶ決め手。それは見た目の美しさだけではなく、生活における“安心感”も重要なキーワードとなります。
「雪が降っても風が吹いても、しっかり守ってくれているようで、家にいると安心感がある。耐久性もあるし、音とかも遮断してくれるし、断熱性能もある。いちばん長い間使われてきた素材に守られている感覚、みたいなものがあります。
瓦は重いから地震に不利、というイメージを持つ方もいらっしゃいますが、それは既存の古い建物をリフォームする場合の話です。新築であれば、最初から瓦の重量を計算に入れて構造計算を行い、必要な耐力壁を配置すれば、耐震性に何の問題もありません」
中山さんが語るように、むしろ鶴岡のような強風地帯では、瓦の重さ自体がメリットになり得ます。屋根に適度な自重があることで、台風や暴風雪の際に屋根全体が吹き上げられるのを防ぐ“重石”として働くのです。
積雪荷重もきちんと見込みながら、構造を組み立てていく。素材の良さを活かすために、建築側が受け止める。そこにも、中山さんの誠実な設計姿勢が表れています。
資材選びは、施工業者の知見も頼りに
今回のプロジェクトで鶴弥の三州瓦を採用した理由は、輸送や供給の現実性、そして施工者の経験値が重なった結果でもありました。
「これまでも瓦を使った住宅を手がけてきましたが、特定のメーカーをひいきにしているわけではありません。私の場合、実際に施工していただく地元の瓦職人さんと相談して決めることが多いですね。経済性や輸送のこともありますし、その土地のことをよく知っている方が持っている流通のルートのほうが、結局いちばん確実なんです」
瓦は、品質や形がある程度成熟していて、メーカーのロゴが目立つような建材でもない。だからこそ、どの瓦を選ぶか以上に「当たり前に使い続けられる」ことの価値が大きいと中山さんは捉えています。
「今回の設計では、瓦屋さんに教わることも多かったです。寒冷地で使うものなので、懸念されたのは凍害による瓦の破損でした。ただ、現在の三州瓦は焼成温度が高く、吸水率も低く抑えられているので、問題になりにくい。メーカーである鶴弥さんが寒冷地での長期保証を出していることも、採用の大きな後押しになりました」
もちろん初期コストだけを見れば、金属屋根のほうが安く収まるケースもあります。けれど中山さんが見ているのは、もっと長い時間軸です。
塗り替えや葺き替えといったメンテナンスが前提になりやすい素材に比べ、瓦は適切に施工されていれば更新頻度を抑えやすい。結果として、ライフサイクルコストの面で優位に働くこともあります。風雨にさらされる土地でも、その考え方は変わりません。
また、建物をつくるにあたり、設計段階では読み切れない判断が出てくるのも事実です。今回の屋根で言えば、それが雪止めでした。
「今回、私の担当した物件で初めて雪止めを使いました。どこにつけるか、どのくらいのピッチで、何段つけるか……、すごく迷いましたね。現場で瓦屋さんと一緒に近所を見るとみんな付いていて、そこには一定の法則があった。だから、地域のものに倣いたい気持ちが出てきて、お願いしました」
一見すると不規則に見える配置にも、土地の合理性が隠れています。屋根の上で起きることは、周辺の家々が長い時間をかけて積み重ね、最適化してきた結果でもありました。だからこそ最後は、その土地に倣う。中山さんの言葉からは、柔軟性と現場への敬意が伝わってきます。
「なぜ瓦?」と聞かれない未来のために
現代の住宅において、瓦を選ぶことは、時に“こだわり”や“特殊な選択”として捉えられることもあります。しかし中山さんは、その状況自体を変えていきたいとも。
「今はまだ、周りの方から『なんでわざわざ瓦屋根にしたんですか?』と聞かれることが多いんです。でも、いつかそれが聞かれないような状況にしたい。つまり、瓦がそこにあることが、誰にとっても当然の景色で、説明のいらない日常の一部になっているような。そういう状況を、現代の建築を通してもう一度作っていけたらいいですよね」
土地の気候に合い、風景にも馴染み、安心感をくれる。その理由が、説明ではなく実感として共有される状態をつくること。ひとつの家から「当たり前」を積み重ねていく。その意思こそが、中山さんの住宅の強さなのかもしれません。
風が通り、日差しが傾き、田園の色が移ろっていく。そんな日々の変化の中でも、屋根の表情は過剰に主張せず、住まいの佇まいを静かに支え続けます。成熟した瓦という素材を、地域の知恵と手仕事で使い切り、次の風景へ手渡していく。『鶴岡の家』は、そのための確かな実例なのです。

