瓦の建築考

モノクロームの伝統が息づく都市 金沢に根付く色遣いの美の秘密(藤原有敬/慶應義塾大学理工学部佐野研究室学士課程)

藤原有敬

伝統と革新が交錯し、独自の文化と景観をもたらす歴史都市、金沢。工芸・芸能・食といった伝統文化を守りつつ、現代的な魅力を新たに創造していく使命を果たす、北陸地方屈指の都市である。

伝統を織りなす要素とは何か。新たな価値創造とは何か。金沢に出向いた今、新旧の建築に込められた色遣いの美から、その魅力を解き明かしたい。

金沢の城東部、中村記念美術館から続く「緑の小径」と呼ばれる散歩道を歩くと、気品あふれる現代建築に辿り着く。禅の巨匠の足跡や考えを伝える施設、2011年に竣工した谷口吉生設計の「鈴木大拙館」である。

シンプルな造形とは言え、ややもすれば無味乾燥になってしまうモノクロームの建築とは違う美しさがあった。その所以は、白と黒と中間色のグラデーションから来る色遣いによるものだろう。

横長でどこか城壁のようでもあるファサードは白と黒、そして中間色としてのコンクリートの3色で構成されている。玄関奥の内部回廊も同様に天井・左壁・右壁がそれぞれ白・黒・中間色で構成されている。

加えて展示空間を抜けた外部回廊から水鏡の庭とそれに浮かぶ思索空間を眺めると、白と黒の明暗に対して建築全体を統合する水鏡の底面がグラデーショナルに煌めいていた。同時に、軒天井の金属板は水の揺らめきを反射させ、水鏡を際立たせる効果を担っている。

思索空間の中では、下から素材を黒・灰・白と天窓に向かってグラデーションをつけており、来訪者が落ち着いて思い巡らせられる工夫が見られた。

このシンプルな、しかし気品のある統一された色遣いは金沢特有のものなのか。どこかに伝統的な所以が隠れているのではないか。私は思索しながら鈴木大拙館を後にした。

丘を越えて百万石通りを横切ると、近世初期に成立した廻遊式の要素を取り入れた兼六園の入口が正面に現れる。白い砂利を踏みしめながらこれを抜けてお堀通りを横切った先に辿りつくのが、1583年から加賀百万石の前田家の居城であった金沢城の搦手門にあたる「石川門」である。

決して派手ではないこの石川門だが、黒と白を基調とした外壁の色合いが荘厳さを漂わせている。特に白とも黒とも、はたまた銀にも見える屋根の素材の煌めきが、私たち来訪者を自然と金沢城公園内に惹き寄せていた。

石川橋を渡りながら考える。日本人にとっては見慣れた日本建築、今もなお色褪せないその魅力は、どこから来るのだろうか。

答えはその素材にあった。実は東向きにそびえるこの石川門を含め、城内の全ての門の屋根には、ある珍しい材料が使われている。これらの屋根は、木型を鉛板で覆う「鉛瓦」で葺かれているのだ。

橋爪門を抜けて五十間長屋の裏手に回ると、この鉛瓦を間近で観察することができた。

すると、雨に当たる部分と当たらない部分で色に変化が生じていることに気づく。どうやら初めは灰黒色の鉛瓦は、二酸化炭素と雨水との化学反応で表面に塩基性炭酸鉛が生じて白色に近づくようだ。

そしてこの鉛瓦を際立たせているのが、白漆喰塗の外壁と海鼠壁の腰壁である。両者がそれぞれ白と黒のコントラストを強調している傍ら、鉛瓦はその間とも取れるような白とも黒ともいえない艶めかしい絶妙な色合いを、たった一つの素材で表現しているのだ。この煌めきが、いぶし銀の気品ある名城として語られる所以だろう。

ここでさらに疑問が浮かぶ。なぜ金沢城には、鉛瓦が使われているのか。

もっとも有力な説は、実は鉛瓦は江戸城にも使われた歴史があり、江戸時代の古文書には「鉛瓦を使用したのは名城の姿を壮美にするため」と記載されていることから、意匠上の美しさを目的としたという説だ。

しかし他にも、建材として凍害による割れがないことや屋根荷重を抑えられること、また貨幣鋳造の余剰分の転用やそれらを溶解して戦時の弾丸にするための備えとしたなど、諸説ある。

とはいえ、決定的な理由が分からないのも浪漫であり、どんな理由であれこの鉛瓦が金沢城が名城たる重要な要素として今もその歴史を紡いでいることに間違いはないだろう。

私は、先に来訪した鈴木大拙館の美しさの根源をこの金沢城にも見出せることに気付いた。白と黒、そして中間色で構成されるモノトーンのグラデーションが際立つ様は、まさに鈴木大拙館が表現している色合いに通ずるものがある。金沢という地に古くから根づく城の元に、金沢出身の建築家谷口吉生が設計したとあらば、鈴木大拙館がその精神を継承しているのは偶然ではなく、必然と言えるかもしれない。これこそ、現代に生き続ける金沢の伝統ではないだろうか。

本稿では、金沢城の気品ある意匠について、鉛瓦という素材の側面から綴った。また、この色遣いの美しさは現代建築に継承され、金沢の長く続く伝統が今も刻まれていることを目の当たりにした。

素材や色彩、さらには建築という枠組みを超え、この街では伝統的な美が保存され、継承され、そこから新たな価値が創造されていくのではないか。金沢という独自の文化が息づく街では、その歴史が静かに紡がれている。

寄稿者
藤原 有敬
藤原 有敬
慶應義塾大学理工学部佐野研究室学士課程
慶應義塾大学理工学部 都市建築デザイン研究室(佐野研究室) 学士課程在籍。「その先」を見据えたデザインを目指し、3次元の建築から2次元のグラフィックデザインまで幅広く活動。
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