焼き物を科学する⑱素材・構造・物性から読み解く陶板(市川しょうこ/化学者)
1.注目が集まる「陶板」

近年、建築分野を中心に「陶板」という素材があらためて注目されています。陶板の大きな特長は、耐久性や耐候性、メンテナンス性、意匠性といった複数の要素を、ひとつの素材で同時に満たせる点にあります。
また最近では、陶板浴という温浴方法や陶板焼きという調理方法が広まり、建築分野以外でも陶板という存在が知られるようになってきました。焼き物でありながら暮らしのさまざまな場面に入り込んでいる点も、陶板の興味深いところです。
用途が多方面に広がっている陶板ですが、本記事では流行やイメージから一度距離を取り、陶板を素材科学やセラミックス工学の視点から整理していきます。陶板がなぜ建築材料として成立してきたのかを、その性質から紐解いていきましょう。
2. 陶板とは

陶板とは、陶磁器原料を用いて成形し、高温で焼成した板状のセラミック材料です。陶磁器という言葉から丸い器を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、陶板は陶土(粘土鉱物)を成形し、平たい板状に仕上げた焼き物を指します。
陶板は特定の商品名ではなく、素材や形状、製法を示す総称です。器や工芸品とは異なり、陶板は構造材やパネル材として使用されることを前提に設計されてきました。
この「板状」であるという形態が、陶板の物性や、その後の用途の広がりに大きく影響しています。
3.タイルやレンガとの違い

陶板は、タイルやレンガと同じく焼き物の一種ですが、素材科学の観点から見るといくつかの違いがあります。
タイルは比較的薄く、小型で、主に仕上げ材として使われます。下地材の上に貼ることを前提としており、表面の意匠性や清掃性が重視される素材です。一方で陶板は、厚みやサイズの自由度が高く、意匠性とともに外装パネルなど構造的な役割を担うケースもあります。
レンガは多孔質構造を持つものが多く、内部に空隙を多く含むため、断熱性に優れるという特長があります。その反面、水分を吸収しやすいぶん、吸水率は高くなりがちです。
陶板は、より高温で焼成されることが多く、内部構造が緻密化しているため、吸水率を低く抑えやすい点がレンガとの大きな違いです。こうした特性から、陶板はタイルのような仕上げ材とも、レンガのような積層材とも異なる、板状セラミックとして独自の位置づけを持つ素材だと言えるでしょう。
4. 焼成プロセスが生む物性
陶板の特性を理解するうえで欠かせないのが、焼成プロセスです。
陶板のなかでも、特に建築用の高緻密セラミックに近いものでは、焼成温度がおよそ1200〜1300℃の範囲に設定されるケースが多く見られます。焼成温度が上がるにつれて焼結が進み、肉眼では確認できない微細な構造が、強度や吸水率といった物性に大きな影響を与えます。
焼成の過程では、原料中に含まれる長石成分が溶融し、ガラス質相を形成します。このガラス質相が粒子と粒子のすき間を埋めることで、素材全体が引き締まり、緻密な構造へと変化していきます。陶板の「硬さ」や「水を通しにくい性質」は、こうした目に見えない内部構造の変化によって支えられているのです。
5.陶板の物理的特性 - 吸水率と耐候性

陶板の大きな特性のひとつが、吸水率の低さです。吸水率が低いということは、水分が素材の内部に入り込みにくいことを意味します。
水分の侵入が抑えられると、凍結と融解を繰り返す環境でも内部から劣化しにくくなります。そのため、吸水率は凍害リスクと深く関係しており、寒冷地で使用される建築材料にとっては特に重要な指標です。陶板が屋外用途でも長期間使われてきた背景には、こうした素材特性があります。
また、陶板は有機物を含まない無機材料です。そのため、紫外線による分解や酸化劣化が起こりにくく、長期間にわたって性質が変わりにくいという特長があります。
木材や樹脂系材料では、時間とともに変色や脆化が起こることがありますが、陶板ではそうした変化が比較的緩やかです。この時間的な安定性は、建築材料として安心して使い続けられる理由のひとつになっています。
6.陶板の物理的特性 - 熱に関する特性

陶板は金属材料と比べると熱伝導率が低く、熱をゆっくりと伝える性質を持っています。また、比熱容量が比較的大きいため、一度温まると冷めにくく、熱をため込みやすいという特性があります。
さらに、陶板は加熱されることで赤外線を放射します。これは陶板に限った性質ではなく、多くの無機セラミック材料に共通する物理現象です。放射のしやすさを示す指標として放射率が用いられますが、工学データ集では、釉薬を施した磁器の放射率は約0.92(300K)と示されています。
放射率が高いということは、表面に蓄えられた熱を赤外線として外部に放出しやすいことを意味します。たとえば、金属表面の放射率はこれより低い値を示すことが多く、同じ温度でも熱の伝わり方に違いが生まれます。陶板が「じんわりとした温まり方」を持つと感じられる背景には、こうした熱の物理的な振る舞いがあります。
7. 陶板という素材の価値
陶板は、耐候性や耐久性、熱的な安定性といった機能面と、焼き物ならではの表情や質感を同時に成立させることができる素材です。
工芸の領域にとどまらない焼き物であり、工業材料でありながら冷たくなりすぎない。その中間に位置する素材だからこそ、陶板は建築をはじめ、さまざまな分野で使われ続けてきました。
次の記事では、こうした素材特性が、建築やアート、陶板浴、料理といった用途の中で、どのように活かされているのかを見ていきます。



