京都府北部、日本海側に位置する丹後地方。豊かな田園風景が広がるこの地に、まるで昔からそこにあったかのようで、それでいて「なんとなく新しい」清々しさを放つ一軒の家があります。切妻屋根に焼杉板張り、周囲の風景にすっと溶け込む佇まいの『アサハウス』です。宇治川大園建築設計事務所が独立後、初めて手がけたというこの住宅には、土地と風土への敬意、瓦という素材の価値、そして「建築家をもっと身近に」という宇治川和樹さんの設計理念が込められていました。

profile

宇治川和樹

1990年京都府生まれ。近畿大学工学部建築学科卒業後、建設会社で現場監督・設計監理業務に従事。2020年に「U+O architects」を設立し、2022年に宇治川大園建築設計事務所へ改組。京都を拠点に、地域・歴史・環境に寄り添う建築を手がける。

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大園未来

1990年東京都生まれ。京都精華大学デザイン学部建築学科を卒業後、「アラキ+ササキアーキテクツ」に勤務。2020年に宇治川氏とともに「U+O architects」を立ち上げ、2022年に宇治川大園建築設計事務所へ改組。京都精華大学非常勤講師も務めている。

建築家の仕事を、もっと身近なものにしたい

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

https://ujigawaozono.net/より

京都・太秦に拠点を構える宇治川大園建築設計事務所。その代表である宇治川和樹さんは、パートナーの大園未来さんとともに、二人三脚で設計に向き合っています。今回フォーカスを当てた『アサハウス』にも、「建築家の仕事をもっと一般社会に還元したい」という、その仕事観が色濃く表れていました。
「建築家が設計する家というと、どうしても敷居が高く、特別なものだと思われがちです。でも、本来はもっと身近な存在であるべきだと思うんです。私たちは、その土地で暮らす人の思いを汲み取り、プロとしての知見を添えることで、日常を少しでも豊かにする手助けをしたい。その思いを『普遍性と差異』というテーマに込めて活動しています」
宇治川さんが考える建築家の役割は、特別な意匠を与えることだけではありません。むしろ大切なのは、施主と向き合って、一緒に家をつくることだといいます。
「決して我々が主体になって建築をつくるのではなく、『みんなでつくりましょう』という感覚です。建築家が正解を一方的に与えるのではなく、住まい手と一緒に考え、一緒につくりあげていく。そのために大切にしているのが、“最初の段階で共通の理念をつくる”ことです」
施主が何を心地よいと感じ、何を大切にしたいのか。その軸を共有することで、あらゆる判断の拠り所が生まれ、設計全体にぶれない芯が通ります。これこそ、過去にゼネコンの現場監督として数多くの職人を束ね、最適解を導いてきた宇治川さんならではの、合理的かつ誠実なアプローチなのです。

土地探しから始まった『アサハウス』の物語

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

『アサハウス』には、まさにその姿勢がよく表れています。この住宅は、宇治川さんたちが独立後、最初に手がけた仕事でした。まだ実績のない時期に依頼を受けた、文字通りの第一作。だからこそ、そこに込めた思いはひときわ大きかったはずです。
「お施主さんからは、『家の中で心地よい時間を過ごしたい』という、シンプルですが本質的な思いを伺いました。プランニング当時、奥さまはお腹に新しい命を宿されていて、将来的には子どもを3〜4人育てながら、にぎやかに、でも自然とも適度な距離感を保って暮らしたい、というビジョンを持っておられました」
ご主人が語った「家族でバーベキューを楽しみたい」という率直な願い。それを受け止める最高の舞台を用意するため、計画は土地探しからスタートしました。偶然にも、宇治川さんの地元でもある丹後。ここで自身のネットワークを生かしながら、施主とともにいくつも候補地を見て回ったといいます。そしてたどり着いたのが、田園風景が広がる一角でした。
「南側に豊かな田んぼが広がっている立地で、そこは大地主さんの所有地。将来的に建物が建って景色が遮られる心配もほとんどなかったんです。東側には高圧線がありますが、区画の西側に家を建てれば建築制限もかからず、むしろ開放的な設計ができる。好条件のため、この土地を見に行ったときに思わず、『すぐにここを買ってください』とお勧めしました」

丹後の風土を編み直したデザイン

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

土地の取得が決まり、いざ設計の段階に。宇治川さんが試みたのは、自身の出身地でもある丹後の「原風景」の継承でした。
この「原風景」を大切にするという考えは、宇治川さんたちが重ねてきた旅の経験が深く関わっています。プライベートでもさまざまな土地を訪れてきたそうですが、あるとき訪れた青森で、東北の厳しい自然に寄り添う建築の美しさに深く心を動かされたといいます。
「旅をしていると、どの街に行っても似たような看板やハウスメーカーの住宅が並んでいて、地域の個性が薄れているように感じることがありました。でも、青森で出会った景色には、その土地の景色があったんです。それから私たちは、土地に根ざした形態や素材を大切にしながら、現代の暮らしに馴染む建築をつくりたいと強く思うようになりました」

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

『アサハウス』の施主もそうした思いに強く共感し、設計はスムーズに進行。作り手と住み手の思いは外観によく現れています。
「丹後の集落には、昔から『4寸5分(よんすんごぶ)』と呼ばれる勾配の屋根が多く見られます。その伝統的な家型に下屋がつく形態をあえて踏襲しました。外観も現代的なガルバリウム鋼板ではなく、焼杉の板張りを選択。焼杉は地域の風景に馴染むだけでなく、大工さん自身で施工できるため、工種を減らしてコストを抑える合理性もありました」
ここで興味深いのは、単に昔ながらの意匠をなぞっているわけではない点。『アサハウス』は地域に残る住宅のかたちを丁寧に読み取りながら、それを現代の暮らしに合うように組み直しているのです。
内部に入ると、その工夫がよくわかります。玄関ホールを抜けた先には、南側の景色が一気に広がります。宇治川さんはその効果を生むため、玄関ホールの壁をあえて斜めに振り、視線が自然に抜けていくように計画しました。外の景色を借景として眺めるだけでなく、家の中の気持ちよさそのものを、その風景と接続したわけです。

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

さらに、暮らし方の工夫は平面計画にも表れています。キッチンの裏側に水回りを集約し、家事動線はできるだけシンプルに。一筆書きで全てが完結されるようにした方が住まいとして心地よくなるという、生活者目線でのこだわりだったといいます。
「当初、お施主さんは回遊動線を希望されていましたが、『動線は多ければいいというものではなく、簡潔に整えることが住まいの心地よさに繋がります』と提案しました。竣工後、『おっしゃった通りにして本当に良かったです』と言っていただけたことは、大きな自信になりました」

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

自然と導き出された瓦という選択

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

4寸5分の瓦屋根に、焼杉の板張り。地域の伝統的な形式をなぞりながらも、『アサハウス』は決して懐古主義には陥っていません。南側の大開口や、光を導く低い下屋、アイコンのような玄関ポーチ。一つひとつの要素を現代の住宅として再構築することで、「昔からありそう」でいて「今までにない」佇まいを成立させています。
その趣を支えているのが、屋根に使われた「瓦」です。丹後地方には多くの雪が降る厳しい冬があり、それに耐えうる素材として、瓦は必然の選択でした。
「私の実家は100年続く地域密着の工務店なのですが、祖父も父も、丹後の住宅にガルバリウム鋼板やトタン板を安易に使うことはしませんでした。というのも、ときには雪の重みで歪んだり、錆びたりするリスクが払拭できないからです。私の事務所が手がける最初の住宅としても、やはり信頼性の高い瓦を選びたいという思いは強くありました」
「敷地も広かったため、軒先を極限まで低く下げて、平屋でも十分に地面に伏せた感じにできました。屋根の形状も、四方に軒が出る『寄棟』を選んでいます。
しかし、伝統的な和瓦をそのまま使うだけでは、あまりに土着的な印象が強くなりすぎてしまう。宇治川さんは現代の感性にフィットするスマートな瓦を探し求め、最終的に行き着いたのが、鶴弥の『スーパーフラット』でした。

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

「数社を比較し、候補を絞り込みながらサンプルを見比べ、現地に何種類かを持ち込みました。そして太陽の下で見比べ、いちばんしっくりきたのが『スーパーフラット』のクールブラック。名前の通り、驚くほどフラットで軽やか。色合いも丹後の古い家々で使われている瓦の色に非常に近く、それでいて質感が現代的な印象に仕上げられそうだと確信が持てたんです」

さらに印象的だったのが、メンテナンス性に対する評価でした。施工途中に一枚割れてしまった際、その一枚だけを差し替えることができたといいます。これが何枚もやり替える必要がある仕様であれば、補修は大きな負担になってしまいます。しかし一枚で済むなら、維持管理の感覚はまるで違ってきます。宇治川さんにとって、それは単なる施工上の利点ではなく、“もしも、に強い”素材としての信頼にもつながったようです。

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

実際に採用してみて、宇治川さんは瓦の性能面の良さも強く感じたといいます。
「瓦はガルバリウムに比べて雨音が圧倒的に静かです。後に手がけた別のプロジェクトでは予算の関係でガルバリウムを採用したのですが、雨の日の2階の過ごしやすさがまったく違うことに驚きました。瓦は遮熱性も高いので、夏場も2階が暑くなりすぎない。断熱材の性能以前に、素材そのものが持っている強さを実感しました」
瓦の魅力というと、どうしても意匠や伝統性に目が向きがちです。けれど、宇治川さんの言葉から見えてくるのは、日々の暮らしの快適さに直結する性能でした。雨音のやわらかさや、暑さのこもりにくさといった感覚的な違いは、住まい手にとって決して小さくありません。

瓦が「削りしろ」にならない未来のために

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

一方で、業界全体を見渡せば、瓦の採用は減少傾向にあります。その背景には、震災報道などを通じて広がった「瓦は重くて危険だ」というイメージもあるでしょう。けれど、現場監督の経験も持つ宇治川さんは、その見方に異を唱えます。
「瓦が落ちたから危険だという報道もありましたが、私は、そもそも瓦の重さを支えられないような躯体をつくることのほうが問題だと思っています。構造さえしっかりしていれば、瓦はこれほど心強く、美しい屋根材はありません。瓦だから構造計算をやり直す、というのを嫌がる設計者もいるかもしれませんが、私たちは最初から『瓦でいく』という意思表示を構造設計者にも伝えています」
瓦を使うかどうかを単純なイメージだけで判断するのではなく、建物全体の構造や性能をどう考えるか。その視点こそが本質なのだと語ります。

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

とはいえ、現実には避けて通れない課題もあります。近年の建築費高騰です。瓦は、真っ先にコストカットの対象になりがちな素材であることも事実です。

「正直なところ、私たちもここ数年のプロジェクトでは断腸の思いで瓦を諦め、ガルバリウムに変更せざるを得ないケースがありました。そのほうが材料費も人件費も安くなりますから。でも、それは本当に残念なことです。瓦は単なる屋根材ではなく、街の景観をつくり、100年先まで家を守るための資産です。瓦が『削りしろ』にならないような流れをつくっていくこと。それが建築家としての私たちの役割だとも感じています」
瓦の価値は理解している。けれども予算との兼ね合いで手放さざるを得ない局面もある。その現実を見たうえでなお、「削りしろにしない流れをつくりたい」と言い切るところに、宇治川さんの姿勢が表れています。
「瓦の存在意義は“昔ながらの素材”ということではありません。伝統的な日本家屋のような重厚感も素晴らしいですが、現代の住宅に求められるのは、もう少し軽やかでスタイリッシュな佇まいです。質実剛健でありながら、見た目はスマート。そんな瓦があれば、若い世代のお施主さんにも『これなら瓦がいい』と思ってもらえるはずです」
伝統を守るだけではなく、いまの暮らしや美意識に届くかたちへ更新していくこと。その先に、瓦の未来もあるのかもしれません。

地域の風景になじむ、「なんとなく新しい」設計

施主の思いに根差した伝統的かつモダンな佇まいと、宇治川和樹さん・大園未来さんの設計理念

竣工から5年。庭の木々は育ち、町の風景の一部に。『アサハウス』の施主一家もまた、宇治川さんの意図した通り、心地よい日々を過ごしているといいます。
事務所として独立後、最初に手がけた一棟として、とりわけ思い入れの深い一軒。あれから時を重ねていくつものプロジェクトを手がけてきた宇治川さんですが、建築に向き合う思いはいっそう強くなっています。
「日々強く思うのは、『誰もがなんとなく新しいと感じられる建築』をつくっていきたいということです。まったく見たことのない奇抜な形ではなく、どこか懐かしく、日本で古くから使われてきた素材を使いながらも、ディテールの処理や空間構成で、今の時代の空気感をまとわせる。そんな建築を追求していきたいですね」
地域の風景を丁寧に編み直し、そこに新しい風を吹き込む。宇治川大園建築設計事務所が描く未来の景色の中には、これからも瓦が、そして人々の笑顔が、自然な形で共存し続けていくに違いありません。
「瓦のように、長い歴史の中で淘汰されずに残ってきたものには、必ず理由があります。その価値をもう一度見つめ直し、現代の技術と融合させていく。そうすることで、10年後、50年後も、その土地の人々に愛される建築が生まれるのだと信じています」