瓦の建築考

スロベニアの巨匠:リュブリャナに息づくヨジェ・プレチニックの建築詩(髙田真之介/慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程)

真之介髙田

スロベニアの首都リュブリャナは、中央ヨーロッパの魅力を凝縮した小さな都市である。この街を歩けば、豊かなシークエンスに出会うことができる。この街には、かつてその景観を大きく形作った建築家、ヨジェ・プレチニックがいた。建築から都市計画までを一貫して行った彼の手によって、この街は建築詩ともいえる独特の美しさを纏うようになった。

1872年、オーストリア=ハンガリー帝国の一角であったリュブリャナで、プレチニックは生を受けた。ウィーンでオットー・ワーグナーに師事し、彼から学んだ技法や美学を自身のスタイルへと昇華させたプレチニック。そのスタイルは、モダニズム建築で一般的なシンプルで直線的なものとは一線を画していた。彼はアールヌーヴォーや新古典主義の影響を受けつつ、掘り出した岩や石を建材として再利用するなど地元の素材を多用。地域の文化や歴史を尊重しながら、リュブリャナの過去の建築とも調和する建築を創り上げた。

リュブリャニツァ川沿いのプロムナードと広場

リュブリャナの朝、リュブリャニツァ川のほとりを歩くと、都市がまるで息づいているかのような静けさに包まれる。プレチニックが計画したこのプロムナード沿いには様々な店が建ち並ぶ。カフェでは、地元の住民たちがコーヒーを片手に朝の優雅なひと時を過ごしており、時間がゆっくりと流れるような感覚に陥る。

プロムナードを進んでいくと、3本の橋が並んで川に架かっている。プレチニックが設計した三本橋と呼ばれるこの橋の場所には、かつて1本の石造りの橋が架かっていた。橋が手狭になったため、より広い橋が求められたプレチニックは、既存の橋の両隣に2本の歩行者用コンクリート橋を新設。さらに既存の橋から金属製の欄干を取り除き、すべての橋に石造りの欄干とランプを取り付けた。この欄干の複層は、レースの重なりのようにも見え、3本もの橋が連続する重厚感を軽減している。

三本橋を渡ると、リュブリャナの中心広場であるプレシェーレン広場に出る。広場の中央にはスロベニアの詩人フランツェ・プレシェーレンの銅像が建っており、人々の待ち合わせの目印にもなっていた。

街路を進むと、さらに複数の広場に辿り着く。そこでは、マーケットが開催されていたり、吹奏楽の演奏が行われていたり、地元の建築学生の作品が展示されていたりと、各所で様々な活動が展開されており、街全体が活気に満ちている。

国立大学図書館のファサードに見る詩性

さらに街路を歩いていくと、明るいオレンジ色の煉瓦と石材がランダムに組み合わさった特徴的なファサードが目に飛び込んでくる。プレチニックが設計したスロベニア国立大学図書館である。

不規則な凹凸を持つ荒削りな石材と、規則正しく並んだ窓の突出した部分が陰影を作り、視覚的なリズムが生まれている。この視覚的なリズムと、意図がはっきりしない自己目的的にも見えるデザインに、プレチニック作品の詩的な一面を垣間見ることができる。

都市デザインのシークエンスと時間芸術

プレチニックの設計は、建築のみならず、都市全体の空間を包括したシークエンスのように思える。彼が手がけたリュブリャナの都市デザインは、街路や広場、建物の配置が一つの連続した体験となり、都市そのものが音楽のように展開されていく感覚を呼び起こす。

都市空間を歩くとき、プレチニックが設計した視覚的なシークエンスが現れる。街路を歩き、橋を渡り、広場に出る。これらの動線はまるで音楽のフレーズが次々と展開されるように、異なる空間が連続して訪れる者に感動を与える。

この「時間芸術」としての建築は、空間における人々の動線を考慮したデザインアプローチによって実現されている。国立大学図書館のエントランスホールから列柱が並ぶ大階段を登る。そして、壁一面のガラス窓から差し込む光が美しい陰影を作り出す閲覧室へと向かう。この空間の流れは、徐々に静謐さを増し、訪れる者に精神的な高揚感を与えるように設計されている。このシークエンスは、音楽が徐々にクライマックスに向かって進んでいくような体験を提供し、建築が時間を伴う芸術であることを強調している。

建築詩としてのリズムとシークエンス

プレチニック建築における「リズム」や都市全体における「シークエンス」は、建築を詩として捉えるうえで重要な要素である。詩が言葉のリズムと構造を通じて感情や意味を伝えるように、プレチニック建築も視覚的なリズムと空間の流れを通じて、訪れる者に感動と理解を与える。

この詩的な建築は、静的なオブジェクトではなく、動的で、時間とともに展開される体験として存在する。プレチニックが設計した都市や建築は、見る者がその空間を歩き、感じ、時間の中で生きることで初めて完成する「建築詩」として機能するのである。

プレチニックの建築詩とは、都市空間から建築外観、そして内部空間に至るまでの一連の体験が、人々の心に深く刻まれる芸術である。

・参考文献:

1. a+u 2010年12月号 ヨジェ・プレチニック ― ウィーン、プラハそしてリュブリャナ,新建築社,2010

寄稿者
髙田 真之介
髙田 真之介
慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程
慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻佐野哲史研究室修士課程在籍。慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。主な受賞歴にDesign Review2024 塩崎太伸賞など。
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